着物

男の着物

日本には、着物と言う素晴らしい衣裳が有ります。

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女性も男性も、日常的に着物を着なくなって久しく、着物を着て街を歩いていると、至る所で人々の視線を感じます。

混雑した都内にいる時には、別段気に掛ける事もないのですが、人の少ない場所にいる時には、はっきり視線を感じてしまします。

好意的な視線であっても、見られていると思うと落ち着きません。

電車を待つ時には、できるだけ人目につかない場所にいる事が多くなってしまいました。

息子は、大学時代から部活OB会のパーティーには、羽織袴で出かけていました。

今回後輩の結婚式に招待されて、羽織袴に着替えて出かけると言う瞬間?をとらえました。

彼は六才の時から剣道をしていますので、袴さばきが非常にきれいです。

体が引き締まっていますので、若者らしいすっきりした形が爽やかです。

男の着物は、お腹の出ている方が似合うと言われますが、羽織袴のスタイルにお腹の出具合を考える必要はありません。

襟元を奇麗に合わせ、腰ひもをずれない様にきっちりと結び、帯を締めて袴を着けます。

写真で息子が身に付けているものは、大島の対(着物・羽織)に米澤平の袴です。

出かける前で、まだ羽織は着ていませんが、、、

それから、息子の物で、調達に困った物がありました。

足袋です。予想外でした。

足首が細すぎて、既製品が全く合わなかったのです。

そんな訳で、足袋は<めうがや>さんに特注しました。

足を計り、その人に会った足袋を丁寧に仕立ててくれました。

<めうがや>さんでは、最初は六足からの注文になります。

次からは、三足から注文を受けてくれます。

和服の場合男物は、女物と違い対丈に仕立てます。

ですから、洋服と同じように身長が違うと貸し借りができません。

着物には、いろいろな制約があり、洋服の様に自由な着方がなかなかできません。

それが、現在の着物離れにつながった、原因の一つでもあるのかも知れません。

その、着物離れのせいでしょうか?

着物という言い方ではなく、日本の伝統的な衣装という言われ方をされる時が有ります。

着物は、日常着ではなくなりましたので、着物という言い方から伝統衣装という言い方に、代わって行くのかも知れない、と思いました。

時代の自然な流れなのでしょう。

男性も女性も、もう一度、着物に袖を通す事を思い描ける時代になって欲しいと思います。

ゆるやかに時の流れを感じられる日常が無いと、着物の出番は来ないのかも知れません。

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着物の手入れ

11月11日、帯解き(七五三)が無事に済みました。

我が家のようにもう済まされた方、そしてこれからの方もおいでですね。

脱いだ後の着物の手入れは、どのようにしているでしょうか?

先ず、脱いてすぐに畳んで仕舞わないで下さい。

依紋掛けに掛けて、風を通して下さい。あっ、直接風に当てると言う意味ではありません。しばらく依紋掛け(ハンガーでも結構です)に掛けて置くだけです。

畳む時に、汚れが着いてないかしっかり確認してください。

食べ物のシミは、台所洗剤でだいたいの物が落ちると思います。

*清潔な布(ハンカチ)二枚、清潔なタオル一枚を用意して下さい。

水を入れた洗面器に、台所洗剤をほんの少し入れます。ほんの少しです。

(1)うんと薄めた洗剤液に、清潔な布(ハンカチで良い)を浸し絞って置きます。

(2)もう一枚の布は、清潔な水に浸し絞って置きます。

タオルを着物のシミの部分の裏側に当てて置きます。

シミの部分を(1)の布でトントンとたたく様にします。

次に(2)の布で、またトントンとたたく様にします。

(1)も(2)も、布の同じ場所を使ってやると、汚れを助長します。場所を変えて使い、繰り返し繰り返し気長に様子を見ながら、何回もやります。

一度試して、少し乾いたらどんな状態か様子を見て下さい。

決して、揉んだり擦ったりしないで下さい。

やさしく扱って下さい。

それから、洗剤を着物に残してしまわないようにして下さい。それがシミになります。

汚れが、薄く広がってしまったらシミをぼかすように(1)、(2)を使って気長に丁寧にやって下さい。

シミが落ちたら、完全に乾いてから仕舞って下さい。

湿気を含んだまま箪笥にしまうと、黴になります。カビがシミとして残ると、どんなに頑張っても落とすことはできません。

着物は、湿気には弱いものですが決して水に弱いものではありません。特殊な加工をして、水に弱い物に仕上げてない限り大丈夫です。

後は、どんな染料を使って染められているかです、つまり心配なのは色落ちや滲みです。

染めの着物は、反物になって一度は水を潜っているはずですので、普通に染められた着物は水には弱くないはずです。

汚れが気になっても、クリーニング屋さんには出さない方が無難です。

どうしても汚れが気になる方は、専門の洗い張り屋さん又は呉服屋さんに持って行って相談してください。

大切な着物、気に入った着物を長く着られるように、日頃の手入れを面倒がらずにやって下さい。

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雨模様の七五三

11月11日雨模様の日曜日でした。

午前8時30分、カウル姫は父親の車で美容室に出かけました。

写真館の予約は午前11時です。

その間、ハヌルの着付けを済ませ、私自身も着て待つ事にしました。

10時20分、カウル姫が美容室から戻って来ました。

最初に発した言葉は、「お兄ちゃん、髪触らないで!」だった。

たぶん、美容師さんに言われて来たのでしょう。

そこからが大変でした。

姫が着物に慣れていない事もあり、また半襟の金刺繍が化繊だった為に、首がチクチクすると言ってなかなか着付けが進みません。

しごき筥せこ等の小物は、写真館に着いてから身に付けさせる事にしました。

予約時間を少し回っていたでしょうか?写真館に到着しました。

満6歳の誕生日まで半月となったカウル姫は、大分聞き分けが良くなりました。

3歳直前の髪置きの儀に比べると、成長の度合いがよく分かります。

髪置きの儀では、草履の足の形を直そうとしても頑として聞き入れませんでした。

今回は、言い聞かせておきました。

「カメラマンの言う通りにポーズをとるのよ!」

ちょっと辛そうでしたが、頑張れました。

写真撮影で助手をつとめていた技師の母上が、姫の着物を直しながら

「すごく良い着物ですねえ」「手触りが違いますね」と言いました。

さすがに、長年着物を見て触れて来た方です。

「昭和20年代の着物です。私が着て娘が着て、今日この子が着ています。」と答えると、感動していました。

値段の問題ではないのです。今では入手できない、子供向きの金紗縮緬というものは、分かる人には分かるという代物なのです。

感動して下さったからでしょうか?

女性4人だけでの撮影をサービスします。と言われました。

姫一人で、2ポーズ撮りました。

親子4人で1ポーズ、親子3代8人で1ポーズ、そしておまけの女性4人で1ポーズと、ようやく写真撮影が終了しました。カウル姫も幼いながらにほっとしたようでした。

写真館前の道路には、ところどころ水たまりができていて、そこをぴょんと飛び越えて草履が片方脱げました。行動はやっぱりいつもの姫です。

Photo 神社の階段も、雨に濡れていました。

父親に抱えられて境内に参ります。

心配だった雨も、どうやらここまでは大丈夫でした。

雨模様の境内は、人影も疎らでした。

カウル姫はPhoto_2 お祓いをして頂く前に、じいじと一緒に手を合わせて何やらお祈りをしているようでした。

7歳の帯解きというのは、もう大人なのだと神主さんがいわれました。

子供の帯から大人の帯に代わるのが、帯解きだそうです。

大きな行事が一つ終わりました。

ドレスを着てお参りをする子、袴姿の女学生風の子、奇抜な衣装の子等々様々ですが、そしてどの子も又可愛らしくみんな幸せそうでしたが、私の信条としては、その年代の子にしか着られない衣装を着せる事です。

拝殿を後にする時には、ざっーと雨がやって来ました。

神主さんが、車まで傘を貸して下さいましたが、家に帰り着いた時には止んでいました。

カウル姫は晴れ女だそうです。

本領を発揮してくれたようでした。

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七五三の日の母親の装い(その2)

七五三のお祝いの日が近づいてきました。

私事の着物の装いについて書きましたが、皆さんは当然ですが一般的な装いを知りたいのですね。

一般的な意味合いからすると、お祝いをする気持ちのこもった装いであれば良いと考えています。

ただ、おばあ様とお母様は同格の着物を着る事です。

そのような事を元に想定しますと、

かなり改まった七五三の場合は、一つ紋の色無地と訪問着がほぼ同格で、どちらでもよいでしょう。

次の格の着物は付け下げです。

吉祥文様(おめでたい柄)の付け下げは、季節の花柄の付け下げよりも格が上です。

次に小紋といわれる着物ですが、付け下げ小紋と言って柄が全部上を向いている物が格としては一番上です。しかし、普通小紋はいろんな方向を向いているものです。付け下げ小紋をお持ちの方は少ないでしょう。

七五三のお祝いの日に小紋をお召の方もいらっしゃいますので、かしこまった形の七五三をなさらない場合は、それで良いのではないでしょうか。七五三にかかわる皆さんと相談されて、一人だけ浮き上がらないようにされることだと思います。着物の場合は、格付けがきっちりできていますので、訪問着を着た方と、小紋のように町着やおしゃれ着として着る着物の同席は、普通はあり得ません。

大切な事は、子供の健康と成長を祝う儀式だと言う事です。

母親ばかりが目立たちすぎない事、あくまでも子供が主人公だという気持ちがあれば良いのではないでしょうか。

以前、着付け教室でお会いした方で、とっても美しい方が「子供よりも自分が目立てば良いんです。」と言われ、そばにいた者全員が呆気にとられた事がありました。

極端な方でしたが、それは心得違いも甚だしいと誰にも分かるようなエピソードですよね。

母親は、母親らしく穏やかな装いで優しく子供を見守って下さい。

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結婚式&お色直しの原点

秋の結婚シーズンがやってきました。

6月の花嫁となった姪に続いて、もう一人の姪が8日に結婚式と披露宴を行います。姪達は共に26歳で、今一番美しい時かも知れません。

こんな時に思いつきましたので、結婚式そして結婚披露宴また花嫁衣裳について書いてみる事にします。

結婚式は、晴れの日です。花嫁衣裳は、あらゆる着物の中で最も豪華 です。女性の人生の中で、一番の晴れの日が結婚式なのです。

晴れの日(祭り事)の結婚式には、衣服を改めて祭に参加します。

祭事(晴れ)には、日本の場合必ずそこには神仏が介入します。

神を崇め、仏の加護を願うのが祭の行事です。この時私達は、衣服を改め祭事に参加し、日常(褻)の中のけじめをつけるのです。

要するに、晴れの日に着るものが<晴れ着>と言われる所以なのです。

結婚式は、花嫁が一人の大人となり神に仕える日が来たと言う意味があるのだそうです。どこの国でも、必ずと言って良いほど神が二人の報告を受けます。

花嫁衣裳について;

昔天皇が神であった時代に、身の回りの世話をする女性は髪に白い布をまいていました。<角隠し>はこの白い布から来ていると言う説があるようです。

結婚式は、女性だけが一番神に近くなる日です。ですから、一番飾り立てなければならず、男性はそれを見守り保護し、生活の安定を図る約束をしなければならないのです。そんな意味合いがあって、礼装で出席するのだそうです。

この時の花嫁衣裳の<白無垢>は、相手の家庭のどんな色にも染まります。と言われていますが、神に対して純真無垢になると言う誓いと取る方が、自然だとする見方があります。

<白無垢>と言うのは、日本の伝統的な格式の高い装いなのです。

花嫁が身に付ける懐剣、筥迫、末広にも夫々に大切な意味があります。

が、そろそろお色直しについて書くことにします。

お色直しは、神の女が俗人に戻る儀式です。

神に仕えた時の、真っ白な白無垢から色物の着物に着替えるので<色直し>と言う言葉が残ったようです。

披露宴に出席する人々も色物の着物を着、花嫁も普段に戻ったので色物を着ます。

新郎は、染め抜き五つ紋付黒紋服に袴と決まっています。

例えば、黒羽二重の五つ紋付に仙台平の袴、白の半襟、羽織には白い丸組紐、白足袋、白い鼻緒の雪駄で正装します。

出席者は、花嫁花婿の意を汲んだ衣服で祝福してあげる事が一番ですね。

結婚を控えている皆さん、幸せになって下さいね!

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大人の着物について(盛装、正装 、礼装、準礼装、平服)

日本語には、晴れと褻(け)と言う言葉があります。

晴れの日とは、シンプルに表現すると晴れがましくめでたい日です。

とは、普段や日常を指します。

着物においては、晴れと褻は明確に区別されています。

特に、女性の着物は種類が多く、現代においては忠実に守れる人は極限られた人でしょう。

生活する上で、活動に不向きなのが着物です。

ですから、着物好きでも事細かい決まり事は実行不可能と言ったところです。

現代人の使用頻度の高い着物は、黒留袖と振袖かも知れません。

黒留袖は、既婚者の盛装です。

本振袖は、若いお嬢さんの盛装です。

振袖は、未婚者の盛装ではなく、あくまでも若いお嬢さんのものです。

若いお嬢さん以外の未婚者の盛装は、白抜き五つ紋の色留袖となります。

礼装は、訪問着、色無地の紋付き、江戸小紋の紋付きです。

準礼装が、付け下げとなります。

褻の着物、つまり日常着お出かけ着は小紋や紬と言ったものになります。

紬には、非常に高価な物がありますが、着物の格は価格で決まるものではありません。

単純に言えば、柄付けで決まっています。

実は、もっと細分化せれていますし、着る時期も非常に細かく分けられています。

が、現代の生活様式などを考えると、上記の分け方だけで十分だろうと考えています。

因みに結婚式などで、ご出席は平服でお越し下さい。と言った断り書きが添えられている事がありますが、平服とは普段着の事ではありませんので、<付け下げ>以上の格の着物でお出かけ下さい。

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七五三の日の着物(母親の装い)

七五三の子供の装いは、大体決まっています。

一番迷うのは、母親の装いかも知れません。

娘のハヌルは、母親としては二度目の七五三のお祝いとなります。

三歳のカウル姫と五歳のぽむちゃんのお祝いは、四年程前に一緒にしました。

その時の装いは、色無地の一つ紋でした

二人の子供達のお宮参りも、同じ色無地でした。

色無地と言う着物ですが、紋を付けてないものは普通の小紋と同等に扱われます。色無地でも紋付と紋無しでは、格が違ってしまうのです。

縫い上がった着物にも、紋は付けられますので、色無地なら一つ紋にしておくと重宝します。色無地は殆どが一つ紋です。縫い紋で良いでしょう。

今年のカウル姫の帯解きには、秋草模様の付け下げを着てもらう予定にしています。

私が、一度だけ着た付け下げですので、ハヌルには記憶がないかも知れません。

私には、二度着るチャンスはありませんでしたが、ようやく娘のハヌルが着る事になった付け下げです。

私もまた、秋草模様の付け下げを着ます。この着物も、いづれハヌルや息子の妻が着て呉れるでしょう。

着物は流行に左右されないものを選んでおくと、時代を経ても着る事ができます。

着物離れが進んだ今だからこそ、日本の着物の良さをもう一度見直して欲しいと思います。

着物は古典柄を選べば、長く着る事が出来ると言われます。

が、それは少し違います。

素材が古典的な物でも、デザインによるのです。

デザインや色遣いなど、時を経て受け入れられないものが有ります。

長く受け入れられるデザインは、品格も良いのです。

晴れの日の着物は、品と格を考えて着る事をお薦めします。

着物のもう一つの良さは、洋服のようにサイズを細分化しなくても良いと言う事です。そして、あまり流行を気にしなくて済みます。

着物は、非常に経済的な装いと言えます。

七五三の母親の装いで、着物を選ばれる方!

これから着るチャンスを増やしましょ!

着物大好き人間の<つぶやき>でした。(つ・ぶ・や・き?)

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馬喰町問屋街(2)ー帯解き用の帯小物の調達ー

今回の馬喰町行きは、<帯解き>用の帯小物の調達のためでした。

着物は、紫地に御殿毬模様です。

先ず、帯選びです。結び帯にするか、自由な形を作る為にはジュニア帯にするかで迷いました。

どちらを選んでも、一回限りのものです。

気に入った柄が有っても、化繊帯では締りが悪く落ちてしまいそうだし、絹の帯にしてもこの先締める機会があるとは思えません。

そこで、可愛い交織の作り帯に決めました。着物柄の御殿毬の色に合わせてピンク地の帯です。花柄に三色の飾り紐が結んである帯にしました。

バッグは、姫の好きな水色地の物を選びました。

帯も、バッグも着物の中の一色と合わせます。必ずどこかに同じ色の入っているものを選ぶと全体がまとまります。

全体にほんわかとした色調になりましたので、帯締め<はこせこ>の色で全体を引き締める事にしました。

不思議な物で、大昔の着物と現代の物が程良く調和しそうです。

足袋は、どんな形の足にも合いそうな口(くち)ゴムを選びました。

今回、私の担当者が変わりましたが、変わって又20代の青年でした。

ちょっと頼りないと感じましたが、いざと言う時には店長さんのアドバイスをもらう積りでした。それでも、なんとか決めました。

後は、私が長襦袢を仕立てて送るだけです。

が、やっぱり今回もやられました。

紋入れも、一度で済んだ事がなく夫々の担当者には、何か一抹の不安材料はあったのですが、、、、

カウル姫から「ありがとう」と電話が入りましたが、

「値段 付いてたよ」ですって!

いくら実の娘とは言え、値段付きでお祝いの品は送りませんよ!

ハヌルが「言おうか如何しようかと思ったけど、値段付きって請求書が来そうだよね!」と言うから

「アッ、送る?」と言ったら

「いえ、結構です。有難うございました。」と言われました。

問屋のお兄ちゃ~ん、やってくれるじゃないの~!

しっかりしてよね!

値段付きで送っちゃったの始めてよぉ!

姫が気に入ってくれたようだし、ハヌルの「すっごく可愛くてカウルが好きな色ばかり、、、」

と言う言葉に救われる思いでしたよ。

あ~、冷や汗もの、冷や汗もの、ふぅ~

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七五三のお祝い、着物について(3)

七歳は、女の子の<帯解き>です。

今では、貸衣装が主体で自前の衣装でする方が減りました。

着物は、手入れが大変で保存場所にも困ると言う事から、手軽な貸衣装が増えているようです。

近頃では、貸衣装から着付けそして記念写真まで、セットで売り出しているようで、バラエティに富んだ衣装が多く見られます。

今年の我が家は、孫娘の<帯解き>です。

Dscf2153_25 昭和二十年代末に、私が着た金紗縮緬の着物を着せようと思っています。

紫の地に御殿毬の可愛い着物です。

昔の着物ですから、子供に似合う柄ですが、帯や小物を調達するのに不安があります。

この着物は、娘のハヌルと友人のお嬢さんも着ました。

ハヌルは勿論ですが、友人のお嬢さんも昨年ママになったと聞いています。

日本中がまだ貧しかった時代だったでしょう。私の母が選んでくれた着物です。順調な成長を願う、親の気持ちが伝わってきます。

明日は、馬喰町の問屋さんまで行ってきます。

着物以外の物を調達しに行きます。

友達に借りる約束をしていたのですが、実家で既に処分してしまっていたようです。貸衣装の安い八月に、記念撮影を済ませたと言っていました。やはり他の人を、当てにしてはいけないと言う事なのでしょうか、、、、

数え年の三歳、五歳、七歳にする習わしですが、、、

お祝いの着物は、母親の実家が準備をします。

と、まあ、そんな古い習慣を守ることもないのでしょうが、娘の立場も一応考えて、七五三最後の<帯解き>の準備にかかります。

息子のパラムは、神社に行く途中でてんとう虫を見つけ、神主さんが祝詞をあげ、その後お祓いを受けている間中、手のひらに乗せたてんとう虫を転がして遊んでいました。

娘のハヌルは、喜んで着た振袖でしたが、お参りを済ませ家に着くなり「脱ぐ!脱ぐ!脱ぐ!」と言いながら走りこんでいました。

今年のカウル姫は、どうなるんでしょう?

何枚も着物を着せられて、いっぱい飾りをつけられて、やっぱり最初は嬉しいでしょうけど、、、帯解き以来着物が嫌いになる子がいると聞いた事がありますから、要注意ですね!

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七五三のお祝い、着物について(2)

七五三のお祝いで、五歳の男の子のお祝いを<袴の儀>と言います。

黒羽二重、熨斗目模様でお対仕立てになっている長着と羽織、袴に白足袋が正式な装いとされているようです。

息子の<袴の儀>は三十年も前です。

正装ではなく、質素な着物と袴それに刀を差したスタイルを考えました。

着物は、木綿の久留米絣で母に仕立ててもらいました。

当時、久留米絣の需要が急激に減りはじめ、機の糸を切り廃業が進んでいる時代でした。

既に、入手困難な時代になっていましたが、息子の着物を仕立てるだけの手持ちがあるからと、母が仕立ててくれました。

袴は、困りました。

呉服屋さんに行って、袴の仕立てを頼もうとしましたが高価すぎて諦めました。

刀は、知り合いの玩具屋さんに頼んで、問屋さんから買って来てもらいました。

刀は小さくても玩具ではないのだそうです。

後に、息子が刀を気に入って玩具にして遊んでいました。

そして、飾り紐を解いてしまった為に、二度と結べなくなってしまいました。

玩具屋さんの計らいで、刀は入手できることになったのですが、、、

<でも、袴はどうしよう?>と、、、

相談する積りもなく言った言葉に、「剣道用の袴にしたらいいんじゃない?」と即答してくれた玩具屋さんでした。

もうそれはそれは、目から鱗の気持ちでした。

その足で、スポーツ用品のお店に行き、一番小さいサイズの袴を取り寄せて貰う事にしました。

それでも、息子にはまだ大きすぎて、揚げを沢山取った覚えがあります。

後にこの袴は、息子が小学一年生で剣道を始めた時に役立っています。

剣道袴を注文した時に、お店の方には「踊り袴もありますよ。」と言われたのですが、何故か剣道袴を注文していました。

今、息子は多忙な仕事の合間を縫うようにして、子供達の剣道を見てやったいるようです。

なにか不思議な因縁を感じます。

当時、玩具屋さんが知り合いだったお陰で、刀も袴も思い描いたものを身に付けさせる事ができました。

その後息子は、木綿絣に綿袴それに刀と言うスタイルが気に入って、娘の<帯解き>のお参りにもそのスタイルで一緒に行きました。

孫のぽむちゃんも、そんなスタイルをハヌルと一緒に考えていたのですが、結局、正装でお参りしました。

双方のコミュニケーションが上手く取れてなかった様で、もう一方からノーと言われたと勘違いして、ぽむちゃんの<袴の儀>は、正装になりました。

それはそれで、可愛く凛々しい<袴の儀>姿でした。

(次のブログでは、帯解きについて書きます)

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七五三のお祝いの謂れ、着物について(1)

七五三のシーズンがやってきます。

まだ九月ですが、予定の日取りや準備に気が急くご家庭もあるでしょう。

七五三のお祝いは、親が子供の成長を祝う習俗です。我が家では、昔ながらに地域の氏神様にお参りをしました。

現在では、有名な神社に参詣するご家庭も多いようですね。

三歳は、「髪置」(=かみおき)と言い女児のお祝いです。

五歳は、男児のお祝いで「袴着」(=はかまぎ)と言います。

七歳は、女児の「帯解」(=おびとき)で、「紐落」(=ひもおとし)の言い方もあるようです。

七五三は、11月15日に行われる習俗ですが、七五三の名で庶民が盛んにお祝いするようになったのは、明治時代の東京だそうです。

そんな理由からでしょうか?

七五三は、関西よりも関東の方が盛んだと大阪出身の友達に聞いたことがあります。関西の十三参りのお祝いは、関東では聞きません。

私の実家では、総領(ここでは最初に生まれた子)の七歳のお祝いは結婚式並にしました。親戚一同が介し、ご近所さんも招待して、大変豪華なお披露目をします。地域内には、今でもそういう習慣があるようです。

又、地方によってはお祝いをする年齢もこの限りではなく、お参りをする日も違うようです。

今年は、カウル姫の「帯解」のお祝いを予定しています。

11月15日には拘らずにやる予定のようですが、、、、

子供達が成長するにつれ、予定が立て込み、日を決定するのにも調整に苦労するようです。

カウル姫「髪置」の祝いに着た着物です。

Photo 娘のハヌルが、結婚式の披露宴で着た振袖と、同じ型紙を使って染めた型染めの祝い着です。

この着物は、元は産着です。

産着に少し手を加えると、三歳の祝い着にできるのです。カウル姫お気に入りの祝い着となりました。

ハヌルの振袖も、並べてみます。

Photo_2 育てていた花や、近所で見かけた花をスケッチし、本のページからアレンジしたりしてデザインした振袖でした。

<気に入ったら着る>と言ったハヌルが喜んでくれた振袖です。

彫った型紙は、8枚だったでしょうか。

仮縫いをして、型を置いて、、、、染めて、、、糊を落として、、、、

仕立ては、和裁の先生をしている友人にお願いしました。

技術的には、アップにできないほど未熟な染めなのですが、、、

(次のブログは、我が家の男の子の祝い着について書きます)

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受け継いで欲しい母子三人の着物

最初に染めた着物は、娘の小振袖でした。

大学の卒業式用に染めたものです。桜に竹を配した図案の型染めです。

Photo_8 卒業式当日

友人のお母様に、「こんな着物を着せたかったの!」と言っていただいたそうです。

私は、そのお一人の感想だけで幸せでした。

その方のお嬢さんは、品の良い色無地で優しい面差しに良くお似合いでした。

卒業式の帰り、青山通りで出会った外人さんが小振袖に袴姿の娘を見て、「剣道」と言った一言も印象的でした。

小振袖と同じ型紙で、私の着物も染めました。Photo_9

桜の季節に来ています。

(もっとも、普段はGパンにTシャツばかりですなんですけど)

裾回しは、紅花の黄色で染めました。

そして次に染めたのは、娘の結婚式のPhoto_10 お色直しの振袖です。

これが、精一杯の作品です。

当時、娘に「振袖を染めているけど、着てくれる?」と聞いてみました。すると「気に入ったらね!」と返ってきました。

当然でした。私でも気に入らなかったら着たくないし、着ないと思いました。それに、まだ振袖を染められるほどの技術はありませんでしたが、先生は「少し位の失敗は、着て動いていれば気にならないわよ。」と励ましてくださり、振袖を染める事を気持ちよく許可して下さったのです。

仮縫いをした白生地を教室に持って行くと、仲間が糊置きを手伝ってくれ、仕上がりを待ち望んでくれました。

地染めの時は、夫が手伝ってくれました。

沢山の方の手を借りた振袖を、「こんな振袖着たかったあ」と言って喜んでくれました。

仕立てをしてくれた友人も、「良い振袖ねえ。」「良くやったわね!」

みんなの一言は、嬉しいものでした。

そして、次の一枚は孫の祝い着です。

娘の振袖と同じ型紙で染めました。

Photo_11 本人は、この赤さ加減が気に入って「帯解き」にも着るといっています。

でも、「一つ身」ですから着られません。

今年の七五三に着せる着物は、私が着て娘が着た昭和20年代後期の金紗縮緬です。

孫は、赤い着物を着たいようですが、紫地に御殿鞠が散りばめられた金紗縮緬です。どうなりますやら、、、、

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振袖を着た時の振舞い方

近年、着物を着る人がめっきり減りました。

お嬢さん達の振袖姿もぎこちなく、その仕草にはらはらする事もあります。

何年か前に、成人式に出席するお嬢さん達を駅で見かけた事がありました。

両手を広げて、振袖が下に着かないように階段を下りて行ったお嬢さんが居たり、何もせず其の儘降りて行くので、振袖で階段を掃除して行くお嬢さんが居たりと、着物受難の時代が来たと感じました。

振袖を着た時には、

バッグは左手に持ちます。

右手は、空けておいて下さい。

階段の上り下りの時には、バッグを腕に通してやや直角に折ります。そこに、両袖を重ねて乗せます。

右手は、上前の縦褄をちょっと持ち上げます。

体を少し斜め加減にしながら階段の上り下りをすると、裾も袖も汚れずに済みます。

細紐を一本持ち歩いて下さい。

トイレに入った時に、折り上げた着物の裾と長い袖を押さえるのに使います。

袖は、着物の間に自然に入るように裾を折り上げれば良いです。

今の時代は、母親世代も着物を着なくなりましたので、着物を着た時の注意をしてあげられないようです。

洋服姿のお母さんと、振袖姿のお嬢さんの二人連れを見かけた時のことです。

嬉しそうにお嬢さんが、大手を振って歩いていました。

洋服と和服では、自ずと仕草や振る舞いが違うものです。

着物を着たときには着物の裾が肌蹴ない様に、御しとやかに歩きましょうか?

無理に、つま先を内に向けなくても良いのですが、外に向けるのは止しましょう。

二本の線を真っ直ぐに歩くようにすれば良いのです。

腕は、あまり身体から放さないように、脇は心持締めるように心がけましょう。

そんな私も、最近和服を着る機会が少なくなりました。

美しい日本の着物を、大切に着たいですね。

着物を着ることによっても、日本人本来の慎ましさや、恥じらいや、物を大切にする心が培われるように思えます。

成人式をお迎えの皆様、おめでとうございます。

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浮世絵師 一陽斎豊国 手書きの長襦袢

呉服物を、馬喰町の問屋さんに誂える様になって、早25年にもなる。

否、それ以前から、だったかも知れない。

十年位前に、息子の大学卒業のプレゼントに大島を誂えた。

羽裏は浮世絵師の一陽斎豊国さんが描かれた連獅子を薦められた。

Photo_3 若い店長さん御自身も、描いて頂いたという連獅子は、私も気に入った。

長襦袢にも、描いてもらってはどうかと勧められた。

羽裏に合わせて、長襦袢にも改めて連獅子を描いて頂いた。

Photo_4 一陽斎豊国さんには、後継者が居ないと聞いていた。

歴史の有る名前をと、残念に思うが仕方の無い事なのかも、、、

今は、既に、、、

この土曜日、息子は大島に初卸の紺の袴を着けて出かけた。

大学時代の剣道仲間の結婚式だ。

幼い頃から、袴を着けることになれてるので、袴捌きが美しい。

青みがかったグレーの大島に、紺の袴姿が清々しく爽やかだ。

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日常の1コマ (着付けでの思い)

早いもので、風の街に越して来て7年が過ぎました。

一昨日のことです。

パラムの、同級生だった方のお母さんが、突然尋ねてきました。

立ち話をした時に、風の街に引っ越した事だけを伝えてました。

それが、捜して我が家に辿り着かれたわけです。

風の街に来て、二箇所ある管理事務所に人は無く、途方にくれたようでした。

たまたま聞いてみた方が、お隣さんだったそうですから、人間の思いには凄い力があると思いました。

その方の御用は、着物の着付けをして欲しいというものでした。

何度か頼まれて、着付けをして差し上げたことがありました。でも、ただそれだけのお付き合いでした。

美容室が数多くあるにも拘わらず、捜してもと思って下さったのは嬉しい事ですが、、、

資格だけで、自分では殆ど着物を着たことの無い人が着付けをしてあげる?

プロとして如何なもんでしょう。

ハヌルの友人が、成人式の着付けで酷い目にあっていた事を思い出しました。

式を終えたばかりのハヌルから電話があり、

「苦しそうで可哀想だから、お母さん、着替えさせてあげて!」というSOSでした。

皆との食事も儘ならず、タクシーで戻ってきました。

紐の数と、紐の締め付け具合を見た時には驚きました。

長時間着てたら、死にそうだと思いました。

帯結びは凝っていましたが、見た目だけを考えた着付けでした。

その後彼女は、新橋の写真屋さんで記念写真を撮り、お父さんと夕食を共にして、幸せそうに手土産を持ってお父さんと共に来てくれました。

私も嬉しかった、(良かったね!)そんな気持ちでした。

その彼女は、14年たった今でもハヌルの良き友です。

そして毎年二回のペースで、二人暮しの我が家に届けてくれるものがあります。

お父さんの故郷の名物、辛子明太子です。

ありがとう!!

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