日常

梅雨の晴れ間に

梅雨の晴れ間を利用して、見たいと思っている花が有った。

海へ続くまっすぐな道を辿ると咲いていた。

Photo アメリカデイゴの花が、咲いていた。

ほんとはデイゴの花が、見たい。

4月の沖縄に咲く花、本物のデイゴを見たい。

アメリカデイゴも、大きな木になると風格が出て、下に行って見上げると包みこんでくれるような優しさが有る。

大きく育ったアメリカデイゴが、鬱陶しい梅雨にイキイキと花を咲かせていた。

梅雨の好きな花、梅雨に似合う花。

梅雨だからイキイキと咲いている花達に会える時。

Photo_2 紫陽花と立ち葵は、梅雨の花。

葵は、下から花をつけ始め、一番上に花が咲くと、梅雨が明ける。

お天気おねえさんが言っていた。

虫たちも活発に飛び回り始めた。雨が、上がって居るからかも知れない。

Dscf3006 アキアカネだろうか?

ハーブの葉に、一人ポツンと、、、季節は、順調に進んでいるようだ。

Dscf3007 もう一種類、大きな蜂が、、、たぶん、クマバチ

大勢の仲間達とみんな一緒にやって来て、蜜を吸っているようだ。

紫色のラベンダーが重みでたわみ、ゆらゆら上下に揺られるままだ。それでも、懸命に蜜を吸い続けている。

Photo_3 スクリーンを挟んだところの、小さな花にも蜂達がいた。

小さな花の蜜が良いのだろうか?

細い枝が、重そうにたわんでいた。

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雪の中のタイ戦ーJEF巻選手の気迫

サッカーワールドカップ3次予選は、今夜、雪の降る埼玉スタジアムから始まりました。

サッカー選手は、体脂肪率が一桁という話をよく耳にしますから、雪の中での試合は、過酷極まりない事でしょう。

最初のゴールは、遠藤選手の危なげのないフリーキックでした。

それが、喜びもつかの間、相手チームが見事なゴールを決め、1対1の同点に、、、

やられたッ!

さーっと走り抜かれて、ミドルシュートが決まってしまいました。

結局4対1で圧勝しましたが、高原選手は絶不調だったのか、一本も決める事はありませんでした。

2点目は、大久保選手でした。

彼らしく、素晴らしいポジションにいました。

<漁夫の利>とも言えるような、でも、「良くそこに詰めていましたね。」そう伝えたい様な得点でした。

3点目はセットプレーからで、中澤選手が高い位置からヘッドで決めたゴールでした。

中澤選手は、常にガムを噛んでいます。体を張って闘っている選手なのに、怪我という二文字は想像できません。

常に、ゴール前を力強く守ってくれているDFですが、高さから得点も期待できる選手です。

最後4点目のゴールは、オシムジャパンに選ばれていたJEFの選手の中で、唯一JEFに留まってくれた巻選手でした。

キーパーの足元に飛び込んで、ヘッドで決めるという、巻選手らしい決め方でした。

勇気ありますね、巻選手は。

きっと、JEFに留まるにも勇気が必要だったでしょう。

クゼ監督が、自ら説得されたようですが、今日の気迫をこれからも見せて欲しいと思いました。

ゴールを決めた後の、表情が印象的でした。

鬼気迫るものを感じました。

移籍して出て行った元のチームメイト達に、根性を見せつけたゴールでした。

巻選手、頑張れ!

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雪のなごり

雪は、子供達に素晴らしいプレゼントを残していました。

Photo 雪の降る中、一つの家族が作った雪の山が、その形を保ったまま明るい太陽の下でも残っています。

近所の保育園児達が、雪の山の周りを走り回っていました。

素晴らしい、空からのプレゼントでした。  

Photo_2

マンションの植込みのエリカが一際目立っている日向です。

真上から撮ってみました。

春のようです。

Photo_3 日当たりの悪い駐車場で、管理会社の斉さんがスコップを持って雪かきをしています。

同じ日の同じ時間の、陰と陽の情景です。

斉さん、いつも有難うございます。

この雪は、もう直ぐ消えそうです。

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非公開にした(ボランティアグループのインターン)が公開されたままで、アクセス数にも反映されるのは何故?

このブログは、管理画面に封じた積りでした。

でも、公開されたままなので再度UPします。

この秘密を知りたいと思いますが、半年位過ぎないと非公開にはならないものなのでしょうか?検索すると公開と同じ状況で、しかもアクセス数にも反映されます。

意味がないので再度UPしておきます。

只今インターンの真っただ中です。

お医者さんではありません。そんな大げさなインターンでは無いのです。

何のインターンかと言うと、パソコンのサポートボランティアのインターンです。

将来、PCサポートボランティアになる為に、専門家がやる講座に入って見習いをしているのです。

講座によって、1人~5人とばらつきがあります。一人も入っていないコマもあります。

先日私も入る予定だった講座が、3人休んで1人でサポートを務めたことから問題定義がなされました。

休んだ人の補充が必要だという意見が、たった一人で<入門パソコン講座>のサポートに立った方から出たようです。

その人は苦情を言った積りはないと言い、補充が必要だと感じた。

と言いましたが、かなりエキサイトしていた様で、その波動がドドット来ました。

単にインターンと言う事を考えると、人員の補充は必要ありません。

インターンとは、インターン自身の為に用意されたものです。

インターン本人が一生懸命に学べば良いのです。

私は10月31日に母が他界した事で、11月1日・2日のサポートをキャンセルしました。

11月1日の<入門パソコン講座>は、そんなこんなでかなりのサポーターを巻きこんで、大騒ぎになった様子が周りのリアクションから感じられました。

11月2日は、日ごろ<サポーターは一人でもできますよ。大丈夫ですよ。>と勇気付けて下さっていたN氏と二人でサポートする講座でした。

どうやら、センターの担当者からは何も伝えられていなかったようでしたが、何も言われませんでした。

N氏は、今友人たち7~8名で中国に自転車旅行に出かけています。

そんな訳で、今日は頼りない私が一人で<デジカメの基礎と活用講座>のサポートに入ります。

N氏 には、中国から帰国されたころに、改めてメールを出そうと思っています。

昨日行われた全体ミーティングでは、

4人中3人がキャンセルした講座について、議長がドタキャンという言葉を何度も使った事で胸が痛みました。なにか悲しい気持ちになりました。

私は、母が他界した事でセンターへの連絡だけで手いっぱいでした。

たぶん、私じゃなくても土壇場でキャンセルを余儀なくされる人は同じ状態になるでしょう。

全く連絡できない状態もある筈ですから、むやみやたらに騒いでくれるなという思いになりました。

私がドタキャンした状況を説明して、殆どのメンバーはようやく理解してくれましたが、センター担当者が、一人でサポートに入った人に一言伝えてくれれば良かったのにと、思わざるを得ませんでした。

他の二人も理由は当然あった筈ですが、一人はそんな騒ぎを知らなかったと思います。欠席でした。

もう一人は、意見を言い辛いと一言も云わず仕舞いでした。

因みに、二人はドタキャンではなかったようです。

インターンとはどういうものなのか?

一人一人、違う受け止め方をしていては議論になりません。

講師の方が、インターンを補助講師として必要と感じて下さっているとしたら光栄ですが、それは何か違うと思います。

ただ当日、問題定義者はメンバー同士の横の繋がりが欲しい事を改めて提案しました。

これから先の、グループでの運営を考えると当然必要な事だと思います。

ただ、今の状況では、センターの担当者がフォローしてくれていたと思っていたメンバーが、大半を占めていた様に感じました。

それが、なかったと言う事でギクシャクしてしまったのです。

グループが一つになれるまでは、まだかなりの時間が必要です。

一か月に一度の定例会でも、全員は集まりませんし自己主張の強い方もいますし、およそボランティアには不向きと思われる方もいますし、、、、

只今、中途半端な状態にある<まな三>というグループの現状ですが、みんなで大きく羽ばたきたいと思います。

(2007年11月16日、11時44分 UP)

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雪降り止んだ朝に

ガリガリと、タイヤを転がす車の音。

カリッ、カリッ。ザザッ。

カリッ、カリッ。ザザッ。

雪かきをしている硬い音。

雪が降りやんだ翌朝の音です。

晴れ渡った朝の音です。

雪の翌朝、人々が動き出した音です。

昨日は、南関東にも雪が降りました。

Photo 公園の木々が、雪を着るまでにはならず、湿った牡丹雪がひらひらと舞い降りていました。

雪国の人から見たら、ちっぽけな積雪でしたが関東地方にとっては、大変な雪の訪問となったようです。

Photo_5 それでも、雪を楽しみにしていた者もいました。

子供達にとっては、楽しい雪の訪問となったのです。

目の前の公園では、親子が雪を積みあげる事に懸命で、何時間もかけて雪山を積み上げていました。

Photo_6 今朝は、登校前の子供達が、公園の雪山を見つけて、まわりをぐるりと回ってみたり、とんとんと手で感触を確かめてみたりと、通りすがりに楽しんでいるようでした。

そうして、次々と雪山の前を通って、下校時にはもっともっと楽しんでから帰るのでしょう。

今朝の夫の足元です。

Photo_4 雪の日の出勤は、決まってキャラバンシューズのお出ましです。

友人の薦めで履きだしたこの靴は、雪の日の頼れる奴です。

マンション前のバス停には、今朝に限って行列が出来ていました。

駅が近いので、普段はバスを利用する人は疎らです。

今朝は、きっと足元に自信がなかったのでしょう。

キャラバンシューズは、いかがでしょうか?

(今でも、キャラバンシューズと呼ばれているのかな?)

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生協の危機管理も甘かったですよ!

昨日今日のニュースを聞いて、とうとうこんな事態に、、、、そんな思いになったのは私だけでは無いでしょう。

ここ何年かは、生産国が中国と明記されているものは、絶対に買いませんでした。

販売元が生協であっても、買わない事にしていました。

生協を利用するようになって、三十年以上になります。

子供達がよちよち歩きの頃、安心で安全と聞いて生協の組合員になりました。

最初の頃は、品数も少なく目の届く範囲の商品だと感じられたのです。

最近は、どんどんスーパー化が進み、扱わない物が無いような勢いです。

食品、日用品、衣料品、家具から布団と、日常必要な物は何でも買えます。

家の修理、引っ越し、葬式と数え上げたら限が有りまん。

当初は、安全な食品や安全な洗剤が売りでした。

最近は、生協が扱っている国内生産の野菜も、信用できないと耳にするようになってきています。

やはり、農薬の問題です。

それは、契約農家の近所に住んでいる人からの情報です。

ましてや、中国野菜の農薬漬けは日本だけに留まらず、広く知られている事実です。

ですから、原材料が中国となれば手が引っ込むというものです。

そうそう、危機管理の問題ですが、生協は私達利用者に被害があった時点で知らせるべきでした。

それが責任ある者のする事です。

同じ市内で被害が出ていたにも拘らず、何の報告もありませんでした。

今日、夕方の配達時に商品の回収をしていたようでしたが、何か違うと感じました。

<もっと早く、もっと危機感をもって対処すべきじゃなかったのかな?>

そんな感想を持ちました。等と、本当はそんな穏やかな感想に留まっていてはいけないとも思って居ます。

昼間、エレベーターで会った配達途中の生協職員が、「想定外でした。」「駄目ですね、中国は」と、切羽詰った様にも聞こえる言葉を残して降りて行きました。

その事を他の組合員さんに話した時、<被害者意識なんですね>と浮かない表情をしました。

(違和感を感じているのは、私一人じゃ無いんだ。)と思った瞬間でした。

TVインタビューでは有識者が、生産国が表示されていない物にも注意が必要だと答えていました。

私も、生産国の表示の無い食品が気になっていました。

(これは、、、?)と思いながら買う時もあり、止める時もありました。

これからは、買わない事に決めました。

でも、困ります。何にも買えなくなりそうです。

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孫達の机

4月から3年生になるぽむちゃんは、娘のハヌルが使っていた机と椅子を使っています。

4月から1年生になるカウル姫は、息子のパラムが使っていた机と椅子を使う事になりました。

これらは、ハヌルとパラムが小学校高学年の時に買い替えた二代目です。

ハヌルの机は、夫が本人を連れて家具屋さんを何か所も回って買い求めた机です。

シンプルな机です。

パラムの机は、私が一人で探し回りました。

ハヌルの机と同じものを探したのですが、見つかりませんでした。

数日後、お店から届いた机を見た時にちょっと驚きました。

<○○木工>と貼られたプレートの名前が同じでした。

ハヌルは大学を卒業し、就職をし、そして結婚をしてもその机を持って行きました。

そして机は、息子のぽむちゃんに譲られました。

カウル姫は、パラムが使っていた机に決めました。

娘夫婦の子育てを、褒めたいと思った出来事でした。

カウル姫は、ランドセルと一緒にデスクスタンドを買って貰ったようですが、「ジイジと同じのにする」といって、選んだようです。

ジイジ(夫)のポイントを稼ぎました。

が、ちょっと手を触れるだけで点けたり消したりできる機能が気に入っての事だったようです。

それだけです。

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優しい水色のランドセル

人が寒さに震えている間にも、季節は小刻みに春を呼びこんでDscf2433_25 いるようです。

棟の前の梅が、元気に花を咲かせていました。

気持ちが、ふんわりとしてきました。

昨日は、一日パソコンに向かって、新しいソフトに四苦八苦しながらサポートに入る講座の予習・復讐に終始してしまいました。

そんな中、娘のハヌルからメールが届きました。

4月に一年生になる、カウルのランドセルを購入したという報告でした。

水色のランドセルが欲しいと希望していました。

「水色は、男の子が背負っているわね」そう思って言ったのですが、女の子らしい淡く優しい水色のランドセルでした。

「背負ったところを写真にして送ってね。」そう伝えると、

080127_175801 満面の笑みと、ランドセルを背負った画像が送信されてきました。

ぽむちゃんは、無関心にTVに熱中している所のようです。

ハヌルの夫ソナムは、両親から懇願されて、故郷にUターンしたUターン組の一人です。

子供を健康的に育てる事を視野に入れて、東京のコンクリートジャングルを離れる事に決め、そして、地元の農協に再就職しました。

古い体質の農協は、ランドセル・電化製品・洋服などをノルマとして買わせるので、ボーナスを自由に使えない状況でした。

が、どうやらこの度は、ランドセルを農協で買わなくても良かったようです。

理不尽にも程がありますが、一般庶民は苦しめられることが多いですね。農協も、そろそろ職員を妙なノルマから解放してくれるでしょうか?

そんな親の事情もあって、買い控えていたカウル姫のランドセルは、ようやく買う事ができたようです。

ちょっと、時期が遅かったのでしょうか?

買いたかったシナモンちゃんのランドセルは、既に売り切れてしまったようでした。

買う積りだったシナモンちゃんが売り切れていて、ご機嫌斜めになってしまったカウル姫。

「シュガーバニーならあるよ。」

と、ぽむちゃんが見つけてくれたランドセルが、気に入ったのだそうです。

シュガーバニーちゃんは可愛い刺繍入りだった事、それがカウル姫の気持ちを変えたようでした。

そして、ようやく手に入れた優しい水色のランドセル

可愛い刺繍の事や、天使の羽の事、いろいろ説明してくれましたが、かなり気に入ったのでしょう。

(6年間背負って通学するんですものね、気に入ったランドセルが欲しいわよね!姫!)

まだまだ、姫(=我儘)を発揮して、ランドセル選びも大変だったようですが、一件落着です。

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公共施設は、市民の為にどれだけ役に立っているのか?

<市・パソコン施設ボランティア>の募集で集まったメンバーと、共に講習・研修・インターンと進んで一年半が経ちました。

25名からの出発でした。

日本のPC創設メンバーだと自称する方、既にPC講座をボランティアでされている方、視聴障害者にボランティアでPCを教えている方、PC以外のボランティアをされている方と様々です。

性格もいろいろで、PCの超先進国で仕事をしていたと言う方は、自己主張が強く<自分がPCでやりたい事>を教えたいと言い続けています。

私個人のボランティアへの思いは、自分がやりたい事を誰かにやって上げるのではなく、望まれた事に対してお手伝いできるものを持っていたら、やりましょう。という思いだけなのです。

大きな違いだと思っています。

(彼は、自己主張を通すべく市側と闘っている部分もありますが、全体の事を考えて交渉をしてくれてもいます。グループ牽引者の一人です。)

市の施設を利用するにあたって、禁止されている事が多すぎる事は確かなのです。

PCの利用に関してですが、ソフトのインストールは禁止されています。でも、市販されていないフリーソフトなら良いのだそうです。

公平さを欠くからでしょうか?メーカーが販売しているソフトは許可しないと言われました。

HP講座では、講座が修了しても、完成したものをアップして見るが出来ない設定にしてあります。

こんな状況では、せっかくの施設が十分に活用できないというものです。

利用する側からすると、不便窮まりないのです。

自主学習会にも、支障を来すのです。

飛び込みで、使用許可を願っているのではありません。

市が募集をして、講座を修了させて、インターンまでさせて、ボランティアとして許可しているにも係わらず、大げさに言えば自主学習の妨害をしている感じです。

市の担当者の問題ではありませんので、間に入って苦情を聞かされる職員が気の毒にも思えます。

私などは、個人的にはいろいろお世話になっていると思っていますので、担当職員が気の毒になります。

限られた中で頑張って、グループの為に配慮して下さっていると思います。

市は、私達を施設ボランティアとして募集をしましたが、それ以上の活動の発展も望んでいます。

それなのに、です。

パソコン使用に関しては、施設を使用させる側(つまりです)が如何に警戒心を持っているかという事です。必要以上の警戒心に思えます。

使用する側にすれば、そんなに信用できないのなら、何故こんな施設を作り、何故コンピューター専門の技術者を雇っているのか?という事です。

税金の無駄遣いにも繋がっていませんか?

利用者の利便性を奪い取っているのです。

本当のところは、何もしたくないのでは、と勘繰ってしまいます。

公民館もしかりで、利用者の活動の足を引っ張り、管理側の都合が前面に出て、折角ある施設の設備が十分に利用できないのが現実です。

いづれも、教育委員会の管轄である事が最悪だと思えるのです。

飛ぶようですが、直結している学校現場は大丈夫なのでしょうか?

箱物だけを作っても、事無かれ主義でやられては宝の持ち腐れです。

利用者側に立って、事を進めて欲しいのです。

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柚子の種+日本酒=ハンド用化粧水

捨てるだけの柚子の種を使って、ハンド用化粧水を作っています。

Photo 空きビンに日本酒を入れ、そこに柚子の種を入れておくだけです。

これは作り置いて、二ヶ月目です。

時々上下をひっくり返してかき混ぜます。

ぬるつきが出てきます。柚子の種のぬるつきです。

ハンドクリームと併用して使っています。

Photo_2 百均ショップで買ってきたスプレー式の化粧瓶に入れて、いつでも手の届く場所に置いています。

台所仕事をする時にも気を使わずにつけられるので気に入っています。

ただし、右側の白の不透明のビンは、アルコール分の多い物は入れないようにと言う注意書きが有りました。

注意書きを見ないで買って失敗した入れ物です。

手に擦り込んで置くと、保温の役目もしているように思います。

二の腕に付けたり、足の冷える方は足に擦り込むのも良いと思います。

十年以上も前に教えて頂いたハンド用化粧水を、思い出した時に作っていますが、他の方も同様のようです。

日本酒ではなく、焼酎に柚子の種を入れると聞いたのですが、焼酎は癖のある匂いが嫌で日本酒にしています。

興味のある方は、是非お試しください。

但し、全て自己責任でお願いします。

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実験屋を自称する夫は、一般社会に順応できるのでしょうか?

夫は、大学教授

定年まで一年余りです。

教師以外の仕事はした事がありません。皆無です。

実験屋は、はじめに結果ありきです。

“結果”を証明する為に実験を続けます。

そんな生活が云十年と続いています。

実験を続けたいために、教授に就任する事を何年も拒み続けた人です。

はじめに結果ありき!

そんな頭の夫が、果たして現実社会に順応して行けるのでしょうか?

一抹の不安を感じています。

昨日の事です。

夫の兄が他界しました。

県内に住んでいながら、ほとんど付き合いが有りませんでした。

亡くなった兄は他の兄姉との付き合いも、ほとんどなかったようです。

それでも、入院中は、兄姉に代わり何回かお見舞いには行っていました。

昨日朝7時に、夫の実家から兄の訃報が届けられました。

夜中の二時に亡くなり、朝7時には通夜、葬儀の予定が既に決定していました。

夫は、私を伴い直ぐに兄の家に直行すると言いました。

一度も伺った事のない兄の家です。

私は、先ず電話で状況を把握してから出かけましょうと、夫を引きとめました。

電話がつながりません。

やはり、行ってみようと言う夫を、私の勘がまた引きとめました。

こんな時、家には留守番が必ずいるものだと決めつけている夫ですが、地方の旧家に育った夫の常識は、現在の一般社会には当てはまらない事が多いのです。

家族の組織が大きく変わった今、葬儀が同じようには行われません。夫は、規模の違いだけと考えているのかも知れません。

朝から電話をかけ続け、ようやく繋がったのは午後4時でした。

これから伺いたいと言う夫の申し出を、義姉は疲れているからと断りました。

入院中だった義姉が、一時退院をしていた時の事だったのです。

「姉さんも疲れているから、もっともだ」という夫からは、納得しているようには感じられません。

義姉に甥の携帯番号を聞いて(ようやく、ここで甥の携帯番号ゲットです)、掛けてみたがつながらず、二回目につながったと思ったところ、また義姉に代わってしまい情報が手に入らなかったようです。

<今まで、(彼は)何してたんですって?>と言う私の問いに

「そんな事、聞けるか?」

(えっ、ああ、そうなんだあ。聞けないのかあ)

要するに、こんな非常時に何をしていたのかという不信感をもっていたので、聞けなかったようです。

ただ、義姉が夫に「子供達に任せてあるので何とかやってくれるでしょう」と言ったと言うからには、それ以上踏み込まないで、と拒否されたと思うべきだと私は感じました。

夫の、どうしても兄の元に行かなければと言う気持ちとは裏腹に、兄の家族は通夜と葬儀にだけ参列してもらえば良いと言う考えなのだと思いました。

ご遺体は、セレモニーホールに3~4日お願いしてあるようです。

家にも連れ帰らず、預けっぱなし、ご遺体と会う事も出来ず、夫のいらいらは、頂点に達していました。

連絡をしたい青森の姉にも、なかなか電話が繋がりません。

どうやら、雪かきに追われていたようです。

午後6時、電話がつながり「何の役にも立ちませんでした。すみません。」姉に謝りながらも怒りとイライラ感を募らせていました。

その二時間後に、青森の姉から電話が入りました。

姉が、亡くなった兄の娘に電話をしたと言う時点で、私は部屋を出ました。

夕方から飲み続けていたお酒が引くほど、夫の怒りは頂上を駆け巡っていました。

先ず、甥・姪の携帯番号を知らされていなかった事が、一日の計画を狂わせた原因でした。

夫は、携帯電話の必要性を感じていない人ですから、ここで携帯電話が生活の中で占める役割を感じたでしょうか?

夫の解釈と、世間の解釈には少々ずれが有ります。

一番遣る瀬無い事は、夫の思いやりが時々仇になる事です。

変に遠慮して、婉曲的な言い回しをして理解してもらえなかったり、

(そんな時、私ならはっきり聞くのに!と思える事度々です)

そして、こうあるべきだという思いから出る言動は、思いやりを持って言っているのは私には分かるけど、相手からすれば有難迷惑であったりする訳です。

でも、それは、私からみると、自分の気持ちを優先させていると思えるのです。

相手がして欲しい事ではなく、自分が良しと思っている事をしてやりたい、こうした方が良いのにと言う思いから、結局、自分がしてやりたい事を押しつける形になってしまうのです。

そんな事実を伝えると、分かってくれる夫ですが、、、、

一般社会に移り住んで、普通のおじさんになってたら、広い社会での迷走はきついですよ。

頑張りましょうね!

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お正月の東京湾

お正月の東京湾の風景ですPhoto

 元日の富士山                                

Photo_2 元日の幕張新都心                                         

        

Photo_3

1月4日の日没

Photo_4

Photo_5

1月5日も日没前後の追っかけをしてみました。

東京湾に浮かぶ船は、動いていなかったようです。

太陽が、完全に西に沈みました。

日の出も、日の入りも見える場所に住んでいます。

最高のロケーションでしょうか。

とても気分が癒されます。

2008年の日本の船出に期待したいと思います。

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お年玉をFAXで送ると言った夫に、孫の反応は?

お正月三が日は、喪に服していた為もあり又娘夫婦のスケジュールの都合もありで、孫達に会う事ができませんでした。

例年ですと、年末には娘のハヌルが必ず電話をしてくれます。

去年は、パートで働いている会計事務所の中で移動があり、休みたい時に休暇が取れなくなったと聞いていました。

いつもの電話が無く、余程忙しく扱き使われているのだろうと思っていました。

夫が孫達の声を聞きたいと電話をしてみると、28日の仕事納めの翌日から熱を出して寝込んでいるというのです。

年が明け、まだ寝込んでいるようなら行ってやらなければならないかと思いましたが、なんとか復活していました。

「張り切りすぎよ~!」と言う私に

「誰が、あんな仕事を張り切ってやりますか!やりませんよ!」

元気な反発の声にホットしました。

カウル姫(6歳)に電話を代わり、「お正月に会えないから、お年玉はお母さんに頼んであげるから、届いたら貰ってね」「郵便局から送ってあげるからね」そう言っていると、夫が電話を代わり「FAXで送るよ」と面白がって反応を伺っていました。

ハヌル夫婦は、大笑いしていましたが、、、

カウル姫は、「FAXじゃ送れないよ。」と冷たい反応。

もう一度私に代わって、カウル姫が、確認です。

「どうやって届けるの?」

「大丈夫よ、郵便局に頼んであげるからね、おじいちゃんはカウルちゃんをからかったのよ」

すると、「おじいちゃん、壊れているよ。食べたらきっとガリガリ音がするよ」

少々お怒りでした。

う~ん?相変わらずのカウル語ですが、大人の言葉に変換するとどうなるんでしょうか?

以前に、「大おばあちゃんは、ベチャベチャだからあんまり良く見なかった。」と言った事が有りました。

「凄い言い方だね!」「どういう意味なんだろう?」母親のハヌルにも理解不能な表現をしていました。

それが、ひょんな事から大人の言葉に変換できました。

「バランスボウルに空気を入れて!」息子のパラムに頼んでいました。

危険なので少なめに入れたもらったのですが、、、

「もっと、入れて!」と言うので、「危ないからパンパンにしないで、それくらいにしておいて!」と言うと

「でも、ベチャベチャだよ」と言われました。

カウル姫のベチャベチャは大人が言う皺皺なんだと、その時に分かりました。

擬声語や擬態語、動物の鳴き声は国によって驚くような違いがあったりしますので、カウル語も認めなくてはなりません。

ベチャベチャの意味するところは分かりましたけど、壊れたおじいちゃんの表現は、今のところ大人の言葉に変換できません。

もうしばらく待って見たいと思います。

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べったら漬け(私流の漬け方)

私流の漬け方ですが、べったら漬けの漬け方のご紹介です。

材料  下漬け用 : 大根一本 

              塩は大根の重さの約10%

     本漬け用 : もち米又は普通米3カップ

              板状の麹2~3枚

                                日本酒半カップ

1 : 大根一本を15センチの長さに切って皮をむき、縦四つ切りにします。(大根の長さは、漬物容器に合わせて適宜に)

2 :大根を容器に平らに並べて、塩を振り重石をして下漬けします。

(塩加減は、お好みで量を変えて下さい)

2~3日で水が上がり、大根の下漬けが完成します。

3 : 大根の下漬けの頃合いを見て、もち米又は普通米3カップを柔らかめに炊きます。

4 : 炊き上がった御飯に、麹を細かく崩して乗せ、日本酒半カップを振りかけます。そして、7~8時間(一晩)保温しておきます。

 (時間が来たら、蓋を取り良くかき混ぜて冷まします)

5 : 下漬けした大根を容器から上げて、水気を切っておきます。

6 : 清潔にした容器に、4の材料を敷きます。その上に下漬けした大根を並べます。またその上に4の材料を乗せて、というように交互に材料を乗せて漬け込んでゆきます。

最後に軽めの重石を乗せて、漬かるのを待ちます。

5日位で食べごろになると思います。

ただし、環境によって食べごろの時期は異なりますので、それぞれが確認しながら漬かり具合を計っていてください。

また、材料が材料ですので、酸味の加わりが早いですから、冷暗所で保存してお召し上がりください。

このほか、お好みで昆布や赤唐辛子などアレンジして自分流の物にしていって下さい。

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八百屋さん直伝の白菜漬け

白菜漬の美味しい季節です。

30年も前に、八百屋のおじさんに教えて頂いた美味しい白菜漬をご紹介します。

おじさんと言っても、子供の年齢から推定すると同じ年代の方だったと思います。お腹周りの太さや雰囲気から、ずっと年長の方に見えましたけど、たぶん同世代だったでしょう。

でも、おじさんに見えました。

材料*白菜

   *林檎

   *ミカン

   *塩 

これだけで、美味しい白菜漬ができます。

白菜一株を縦4つ切りにして、数時間日光に当てます。

日光に当てる事により、甘さが増すと言われています。

りんごは、皮付きのまま摩り下ろします。

ミカンは、皮付きのまま、輪切りにします。

白菜は、芯に縦の切れ目をいくつか入れて、味がしみこみやすいようにします。それに適量の塩を振りかけ、芯と葉先を互い違いにして容器に並べます。すりおろした林檎と、輪切りにしたミカンを均等に乗せます。

この繰り返しで、白菜を漬け込んでゆきますが、塩加減はお好みの量を入れて下さい。

気温次第で酸っぱくなりやすいので、家族の人数に合わせて白菜の量を決めて下さい。

私の場合は

白菜一玉、リンゴ2個、みかん3個、赤唐辛子、だし昆布を入れます。

塩は、白菜4分の一個に軽~く一握りの塩を白菜の芯に多く降り掛け、葉の方には少なめにします。

重石には、6kg位の物を載せます。

一晩でかなりの水が上がってきますので、容器からあふれ出ないように、その水は捨てるようにしています。

二日位で食べられます。

塩加減を少なめにすると、早めに酸味が出ますので美味しくいただくには、食べごろになったら別の容器にあけて冷蔵庫で保存してください。

浅漬けがお好みの方には、シャキシャキ感のある白菜の歯触りが、サラダ感覚で美味しいと思います。

本来の白菜漬を、と思われる方は、置き場所や温度でも違いますが3日目頃からが良い様に思います。

ある程度水が上がったら、重石を少し減らして下さい。

白菜がペッチャンコになってしまいますと、繊維が勝ってしまい美味しくありません。

でも、それは、全てお好みでどうぞ!

次は、大根のべったら漬け風をご紹介したいと思います。

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市街地の紅葉

市街地でも、美しい紅葉を見る事が出来た2007年の秋です。

Dscf222913_210月28日撮影

海浜公園の漆の仲間です。

緑の中にあって、一際美しい赤でした。

Dscf2238_2 そして、アメリカデイゴです。

この辺りでは、6月頃満開になります。

ほんのわずかですが、未だに咲いています。

Dscf2301_12_2 11月18日撮影

近所の団地内の桜です。

桜並木の一部分を切り取ってみました。

4月の花も、秋の紅葉も、美しい桜です。

すぐそばの公園では、いつも子供達が走り回っています。

Dscf2329_1 11月30日撮影

我が家の目の前に広がる公園です。

広々とした公園の一部です。

今年は風の日が少なく、紅葉できる葉が多く残ったのではないかと、夫は思っているようです。

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病気見舞い

突然の事でした。

染色グループの一人が入院して、手術をすると電話がありました。

脊髄腫瘍の切除をしましたが、まだその検査結果が出ていないのです。

以前、背中が冷えると言っていたことを思い出しました。

私が稽古を休んだ日には、体調が悪いと行って早々に帰宅したと聞きましたが、それから直ぐの入院だったようです。

朝、起きようとしてベッドから落ちて歩けない状態だったと聞いた時には不安でいっぱいでした。

健康には、人一倍気を使っていました。

仲間を作って毎日散歩をしたり、旅行、太極拳と活動的で若々しい人なのです。

どんなに気をつけていても、病気はどこからか迫って来るものだと思い知らされました。

手術後直ぐにリハビリに入り、歩行の訓練を始めていて、間もなく退院とも聞きました。

そんな中

染色の先生から、一緒にお見舞いに行きましょうとお誘いがあったけど、大勢で行っては疲れさせてしまうので、代表して先生と行って来ます。)

Tさんが、電話を下さいました。

(でも、一人だけはどうしてもお見舞いに行きたいと言い、3人で行く事にします。)最終的な連絡でした。

元気になってくれて本当に良かったと思いました。

メールを出すことも遠慮していたのですが、入院以来初めて送ってみました。

<三人でお見舞いに行って下さるそうだけど、無理して相手をして疲れないようにして下さい。>と打ってみました。

間もなく返事が来ました。

[病名もまだ分かっていないし、明日は内科の検査もあるのでお見舞いは遠慮します。今、娘が携帯を届けてくれました。]

ああ、やっぱり。

思った通りの返事でした。

以前に、諸々の話の中で「入院しても、お見舞いには来て欲しくないわね」

そんな事を話した事があったから、、、

辛くて、弱っているところは見られたくない。

そう思うのが、普通でしょうね。

だから、ああ、やっぱり。

また、すぐに返信しました。

<分かりました。今、Tさんに電話をしました。

落ち着いた気持ちで、ご養生してください。元気になってからお会いしましょう。>

[私も、皆さんに早く会いたいです。]と返事が届きました。

お見舞いは、見舞われる人の気持ちを汲んであげないといけませんでしょ。

お見舞いは、見舞う者のエゴであってはいけませんよね。

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男の着物

日本には、着物と言う素晴らしい衣裳が有ります。

Dscf2307_no1

女性も男性も、日常的に着物を着なくなって久しく、着物を着て街を歩いていると、至る所で人々の視線を感じます。

混雑した都内にいる時には、別段気に掛ける事もないのですが、人の少ない場所にいる時には、はっきり視線を感じてしまします。

好意的な視線であっても、見られていると思うと落ち着きません。

電車を待つ時には、できるだけ人目につかない場所にいる事が多くなってしまいました。

息子は、大学時代から部活OB会のパーティーには、羽織袴で出かけていました。

今回後輩の結婚式に招待されて、羽織袴に着替えて出かけると言う瞬間?をとらえました。

彼は六才の時から剣道をしていますので、袴さばきが非常にきれいです。

体が引き締まっていますので、若者らしいすっきりした形が爽やかです。

男の着物は、お腹の出ている方が似合うと言われますが、羽織袴のスタイルにお腹の出具合を考える必要はありません。

襟元を奇麗に合わせ、腰ひもをずれない様にきっちりと結び、帯を締めて袴を着けます。

写真で息子が身に付けているものは、大島の対(着物・羽織)に米澤平の袴です。

出かける前で、まだ羽織は着ていませんが、、、

それから、息子の物で、調達に困った物がありました。

足袋です。予想外でした。

足首が細すぎて、既製品が全く合わなかったのです。

そんな訳で、足袋は<めうがや>さんに特注しました。

足を計り、その人に会った足袋を丁寧に仕立ててくれました。

<めうがや>さんでは、最初は六足からの注文になります。

次からは、三足から注文を受けてくれます。

和服の場合男物は、女物と違い対丈に仕立てます。

ですから、洋服と同じように身長が違うと貸し借りができません。

着物には、いろいろな制約があり、洋服の様に自由な着方がなかなかできません。

それが、現在の着物離れにつながった、原因の一つでもあるのかも知れません。

その、着物離れのせいでしょうか?

着物という言い方ではなく、日本の伝統的な衣装という言われ方をされる時が有ります。

着物は、日常着ではなくなりましたので、着物という言い方から伝統衣装という言い方に、代わって行くのかも知れない、と思いました。

時代の自然な流れなのでしょう。

男性も女性も、もう一度、着物に袖を通す事を思い描ける時代になって欲しいと思います。

ゆるやかに時の流れを感じられる日常が無いと、着物の出番は来ないのかも知れません。

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着物の手入れ

11月11日、帯解き(七五三)が無事に済みました。

我が家のようにもう済まされた方、そしてこれからの方もおいでですね。

脱いだ後の着物の手入れは、どのようにしているでしょうか?

先ず、脱いてすぐに畳んで仕舞わないで下さい。

依紋掛けに掛けて、風を通して下さい。あっ、直接風に当てると言う意味ではありません。しばらく依紋掛け(ハンガーでも結構です)に掛けて置くだけです。

畳む時に、汚れが着いてないかしっかり確認してください。

食べ物のシミは、台所洗剤でだいたいの物が落ちると思います。

*清潔な布(ハンカチ)二枚、清潔なタオル一枚を用意して下さい。

水を入れた洗面器に、台所洗剤をほんの少し入れます。ほんの少しです。

(1)うんと薄めた洗剤液に、清潔な布(ハンカチで良い)を浸し絞って置きます。

(2)もう一枚の布は、清潔な水に浸し絞って置きます。

タオルを着物のシミの部分の裏側に当てて置きます。

シミの部分を(1)の布でトントンとたたく様にします。

次に(2)の布で、またトントンとたたく様にします。

(1)も(2)も、布の同じ場所を使ってやると、汚れを助長します。場所を変えて使い、繰り返し繰り返し気長に様子を見ながら、何回もやります。

一度試して、少し乾いたらどんな状態か様子を見て下さい。

決して、揉んだり擦ったりしないで下さい。

やさしく扱って下さい。

それから、洗剤を着物に残してしまわないようにして下さい。それがシミになります。

汚れが、薄く広がってしまったらシミをぼかすように(1)、(2)を使って気長に丁寧にやって下さい。

シミが落ちたら、完全に乾いてから仕舞って下さい。

湿気を含んだまま箪笥にしまうと、黴になります。カビがシミとして残ると、どんなに頑張っても落とすことはできません。

着物は、湿気には弱いものですが決して水に弱いものではありません。特殊な加工をして、水に弱い物に仕上げてない限り大丈夫です。

後は、どんな染料を使って染められているかです、つまり心配なのは色落ちや滲みです。

染めの着物は、反物になって一度は水を潜っているはずですので、普通に染められた着物は水には弱くないはずです。

汚れが気になっても、クリーニング屋さんには出さない方が無難です。

どうしても汚れが気になる方は、専門の洗い張り屋さん又は呉服屋さんに持って行って相談してください。

大切な着物、気に入った着物を長く着られるように、日頃の手入れを面倒がらずにやって下さい。

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ししゆず(鬼ゆず)

市場の産業祭りで買ってきた、しし柚子(鬼ゆず)と至って普通の柚子です。

Dscf2240_25 直径15センチのしし柚子は、しし柚子としては普通サイズでしょうか。

去年初めて見た時は、驚きました。

25 半分に割ったところです。

しし柚子には種が全くありません。

実は、グレープフルーツのようです。

しし柚子の値段は250円でした。柚子は150円でしたが、高いのか安いのか見当がつきません。

売ってた場外市場のお兄さんは、鑑賞用だと言いました。

でも、確か食べられるはず、、、

<厚い綿もあまり苦くはないと聞いていたし、ジャムマーマレードにしちゃおうかな?>

全部を使って、ジャム+マーマレードにしてみる事にしました。

細かく刻んで見ると、20センチのお鍋の略八割が満たされました。

水分の少ないしし柚子には、コップ3杯の水を入れ弱火で20分ほど煮ました。

お砂糖:カップ2分の1、塩:1つまみ、レモン汁少々、はちみつ大4

結構適当な、配分です。

苦味のあるジャムマーマレードは、プレーンヨーグルトに合うようです。

熱いお湯を注いで、柚子茶にしても良いと思います。

しし柚子は、煮て食べる方もいるようですから工夫次第でしょうか?

<でも、どうしよう?量が多すぎて、、、、>

<当分、しし柚子ジャムマーマレードに付き合わなければならないなあ、、、>

<甘苦いの好きな人この指と~まれ!>

い・な・い

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雨模様の七五三

11月11日雨模様の日曜日でした。

午前8時30分、カウル姫は父親の車で美容室に出かけました。

写真館の予約は午前11時です。

その間、ハヌルの着付けを済ませ、私自身も着て待つ事にしました。

10時20分、カウル姫が美容室から戻って来ました。

最初に発した言葉は、「お兄ちゃん、髪触らないで!」だった。

たぶん、美容師さんに言われて来たのでしょう。

そこからが大変でした。

姫が着物に慣れていない事もあり、また半襟の金刺繍が化繊だった為に、首がチクチクすると言ってなかなか着付けが進みません。

しごき筥せこ等の小物は、写真館に着いてから身に付けさせる事にしました。

予約時間を少し回っていたでしょうか?写真館に到着しました。

満6歳の誕生日まで半月となったカウル姫は、大分聞き分けが良くなりました。

3歳直前の髪置きの儀に比べると、成長の度合いがよく分かります。

髪置きの儀では、草履の足の形を直そうとしても頑として聞き入れませんでした。

今回は、言い聞かせておきました。

「カメラマンの言う通りにポーズをとるのよ!」

ちょっと辛そうでしたが、頑張れました。

写真撮影で助手をつとめていた技師の母上が、姫の着物を直しながら

「すごく良い着物ですねえ」「手触りが違いますね」と言いました。

さすがに、長年着物を見て触れて来た方です。

「昭和20年代の着物です。私が着て娘が着て、今日この子が着ています。」と答えると、感動していました。

値段の問題ではないのです。今では入手できない、子供向きの金紗縮緬というものは、分かる人には分かるという代物なのです。

感動して下さったからでしょうか?

女性4人だけでの撮影をサービスします。と言われました。

姫一人で、2ポーズ撮りました。

親子4人で1ポーズ、親子3代8人で1ポーズ、そしておまけの女性4人で1ポーズと、ようやく写真撮影が終了しました。カウル姫も幼いながらにほっとしたようでした。

写真館前の道路には、ところどころ水たまりができていて、そこをぴょんと飛び越えて草履が片方脱げました。行動はやっぱりいつもの姫です。

Photo 神社の階段も、雨に濡れていました。

父親に抱えられて境内に参ります。

心配だった雨も、どうやらここまでは大丈夫でした。

雨模様の境内は、人影も疎らでした。

カウル姫はPhoto_2 お祓いをして頂く前に、じいじと一緒に手を合わせて何やらお祈りをしているようでした。

7歳の帯解きというのは、もう大人なのだと神主さんがいわれました。

子供の帯から大人の帯に代わるのが、帯解きだそうです。

大きな行事が一つ終わりました。

ドレスを着てお参りをする子、袴姿の女学生風の子、奇抜な衣装の子等々様々ですが、そしてどの子も又可愛らしくみんな幸せそうでしたが、私の信条としては、その年代の子にしか着られない衣装を着せる事です。

拝殿を後にする時には、ざっーと雨がやって来ました。

神主さんが、車まで傘を貸して下さいましたが、家に帰り着いた時には止んでいました。

カウル姫は晴れ女だそうです。

本領を発揮してくれたようでした。

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母の旅立ち

母が87歳の生涯を全うし、永の旅路に就きました。

父を見送ってから23年が過ぎました。

家庭一筋の母でした。

夫の為、子供の為、孫の為に生きてきた母でした。

最晩年は、緑内障により完全に失明してしまいましたが、我が家の息子が妻を伴って病室を見舞った時には、まだ薄く視力が残ったいる時でしたし、本来のおしゃべりも出来ていました。

ここ一年は声も出なくなり、おしゃべり好きの母には耐えられない日々であったろうと思います。

気丈な母は失明しても、やっと動く右手で食事をしていました。

病気の事もあり、施設にお願いしてありましたが、仕事を持っている義妹が週に3~4日も仕事帰りに寄ってくれていました。

感謝の一言です。

略4年の年月でした。

今年は、母の孫娘が二人結婚しました。

一番年下の孫息子は、大学4年になり就職が決まっています。

母が育てた孫たちの将来を、しっかり確かめて旅立ちました。

生きるべき時間を、全て生き通した感があります。

肉体も、精神も燃焼し尽くしました。

凄いと思います。

<葬儀は盛大にして欲しい>と言い残した母でした。

<盛大に>とは、母らしくないと思いました。

冗談だと思っていましたが、通夜そして告別式を通して母の言い残した<盛大に>の意味が分かりました。

今まで係わったできるだけ多くの方々に、お別れを言いたかったのです。

ご近所のみなさんも、大勢お別れにお出で下さいました。

通夜前日の午後になっても、連絡を取る事ができなかった麻酔医をしている母の甥がいましたが、彼は地方に住んでいる弟と二人で、どうしても参列したいと言う母親をエスコートして来てくれました。

「無理をなさらないでください。」とその叔母に言うと、彼は「率先して、納骨まで行くって言うんです。」

と、叔母の気持ちを伝えてくれました。

我が家の息子も、通夜当日と告別式当日はなんとか参列できると言って、鞄を手に時間と時間を空間と空間を飛ぶように移動してやって来ました。妻も、仕事の関係で通夜にだけ参列しました。そして、初めて会う親戚に挨拶をして回っていました。

内孫でこの10月に結婚した姪は、管理薬剤師と言う仕事柄会社の携帯電話を持ったままでした。

旅立ちの日は、奇しくも一番幼い曾孫の一歳の誕生日でした。

母は、日を選んで旅立ったとしか思えませんでした。

意識不明で入院したと聞いて駆けつけると、弟達は一旦帰宅して誰もいませんでしたが、「お母さん!」と呼びかけると、開かない目を開けようとして声を出しました。たぶん私だと分かって、何か言いたかったのでしょう。

痰を出せずに、苦しそうでしたので吸引して貰い眠るように促しました。

その後、意識は戻らなかったようです。

最後に駆けつけた私を、待っていてくれたのだと思います。

完全燃焼した母の87年の生涯でした。

お母さん、ありがとう

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稲毛海浜公園の連凧ー穏やかな日曜日

雨と強風の土曜日とはうって変わって、爽やかに晴れ上がった日曜日となりました。

穏やかで、気持ちの良い散歩日和でしたので、珍しくお酒の入っていない夫を海岸に連れ出しました。

日ごろ不健康極まりない生活を送っていますから、日光消毒をしてやろうと浜に連れ出したのです。

ランニングをするサッカー少年達のはるか彼方には、うっすらと富士の姿が見えました。

東京湾には、Dscf222625 高校生達のヨットも浮かび長閑な台風一過となりました。

サッカー少年、野球少年達がそれぞれの練習へと走りゆく姿を見、スポーツの秋を実感させられ、深呼吸したい気分になりました。

海岸から公園に入ると、きらきら光る連凧が目に入りました。

Dscf223625 連凧を目指してゆくと、天に昇って行くようにぐんぐん数を増やしていました。

きらきら光るしっぽが、幕張あたりからも確認されるそうで、光るものの正体を確かめに来る人もいると言う事でした。

公園脇の広い通りを、まっすぐにJR稲毛駅に向かってゆく途中の、稲毛陸橋からも見えるそうですが、凧をあげているご本人は遠くから見たことがないと、残念そうに話していました。

どんな風に見えるのか、あがっている様子を見たいのでしょうね。

いつか、気がついたら写真に写して上げたいと思いますが、果たして私のデジカメで写せるでしょうか?

連凧揚げに適した風を掴める日が、なかなか無いようです。

この時は、150位の凧が上がりましたが、だんだんと風も弱まり下ろしはじめていました。

次のチャンスを楽しみに、、、また、お会いしましょう!

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住んでる世界が違いすぎる、消費者と製造業者

食の安全を求める消費者と、儲け一辺