経済・政治・国際

納税の季節

<市・県民税における住宅借入金等特別税額控除の創設について>

区役所の課税課市民税係から封書が届いていました。

一応目は通したのですが、たぶん、我が家には関係ないだろうと保留していた郵便物です。

それでも、確認は必要かもしれないと思い直し、夫に職場の会計に確認してもらいました。

<源泉徴収の右下の数字を、見る人が見れば直ぐ分る>らしい。

そんな夫からの電話に、源泉徴収票を手にしたまま笑ってしまいました。

<見る人じゃないから、ぜーんぜんわかりませ~ん>そんな私に、夫も笑っていました。

本日、区役所に行って来ました。

区役所ロビー前の河津桜は、だいぶ開花が進んでいました。

20 春ですねぇ!

花粉の飛ぶ春でもあったんですね。

わたしは、二年前に足利に出かけた際に発症しました。

スギ花粉症です。軽い方だと言われつつも憂鬱な季節になりました。

少ない日でも、反応します。

納税の手続きは、3月17日までに、、、、

そんな印刷物を手に、区役所四階の特別相談窓口へと向かいました。

まあ、ほんとに。見る人が見れば直ぐ分る、、、

ほんとでしたよ。

*源泉徴収金額が0円(つまり無)

*(適用)住宅借入金等特別控除可能額の値より、住宅借入金等特別控除の額の値が小さい場合

そうでしたか、そうでしたか。

それが、該当者なんですね。

こんな事を、公務員である職場の会計が把握してない方に驚きを感じました。

はっきり言って、呆れたんですけど。

だって、だって、我が家の場合は、書類を出しても返金が有るかどうかは分かりません。と会計さんは、答えたと言うのですからね。

あの~、どっかで、切断してます?

それとも、最初から繋がっていない?

でも、創設は知ってたみたいですねぇ!

まっ、いっかぁ、

区役所の用事が早く済んだ分、100均ショップで楽しめたから、、、

ミニ観葉植物を、三鉢購入です。

でも、こんなに大きく育てない様にしようと思います。

Photo 3メーター近くまで成長してしまった、パキラと斑入りゴムの木です。

小さくて可愛かったのに、、、、、

窮屈そうで、可哀想だったので、鉢替えをしているうちに、、、こんなに大きく育ってしまいました。

切るのも可哀想で、、、、

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非公開にした(ボランティアグループのインターン)が公開されたままで、アクセス数にも反映されるのは何故?

このブログは、管理画面に封じた積りでした。

でも、公開されたままなので再度UPします。

この秘密を知りたいと思いますが、半年位過ぎないと非公開にはならないものなのでしょうか?検索すると公開と同じ状況で、しかもアクセス数にも反映されます。

意味がないので再度UPしておきます。

只今インターンの真っただ中です。

お医者さんではありません。そんな大げさなインターンでは無いのです。

何のインターンかと言うと、パソコンのサポートボランティアのインターンです。

将来、PCサポートボランティアになる為に、専門家がやる講座に入って見習いをしているのです。

講座によって、1人~5人とばらつきがあります。一人も入っていないコマもあります。

先日私も入る予定だった講座が、3人休んで1人でサポートを務めたことから問題定義がなされました。

休んだ人の補充が必要だという意見が、たった一人で<入門パソコン講座>のサポートに立った方から出たようです。

その人は苦情を言った積りはないと言い、補充が必要だと感じた。

と言いましたが、かなりエキサイトしていた様で、その波動がドドット来ました。

単にインターンと言う事を考えると、人員の補充は必要ありません。

インターンとは、インターン自身の為に用意されたものです。

インターン本人が一生懸命に学べば良いのです。

私は10月31日に母が他界した事で、11月1日・2日のサポートをキャンセルしました。

11月1日の<入門パソコン講座>は、そんなこんなでかなりのサポーターを巻きこんで、大騒ぎになった様子が周りのリアクションから感じられました。

11月2日は、日ごろ<サポーターは一人でもできますよ。大丈夫ですよ。>と勇気付けて下さっていたN氏と二人でサポートする講座でした。

どうやら、センターの担当者からは何も伝えられていなかったようでしたが、何も言われませんでした。

N氏は、今友人たち7~8名で中国に自転車旅行に出かけています。

そんな訳で、今日は頼りない私が一人で<デジカメの基礎と活用講座>のサポートに入ります。

N氏 には、中国から帰国されたころに、改めてメールを出そうと思っています。

昨日行われた全体ミーティングでは、

4人中3人がキャンセルした講座について、議長がドタキャンという言葉を何度も使った事で胸が痛みました。なにか悲しい気持ちになりました。

私は、母が他界した事でセンターへの連絡だけで手いっぱいでした。

たぶん、私じゃなくても土壇場でキャンセルを余儀なくされる人は同じ状態になるでしょう。

全く連絡できない状態もある筈ですから、むやみやたらに騒いでくれるなという思いになりました。

私がドタキャンした状況を説明して、殆どのメンバーはようやく理解してくれましたが、センター担当者が、一人でサポートに入った人に一言伝えてくれれば良かったのにと、思わざるを得ませんでした。

他の二人も理由は当然あった筈ですが、一人はそんな騒ぎを知らなかったと思います。欠席でした。

もう一人は、意見を言い辛いと一言も云わず仕舞いでした。

因みに、二人はドタキャンではなかったようです。

インターンとはどういうものなのか?

一人一人、違う受け止め方をしていては議論になりません。

講師の方が、インターンを補助講師として必要と感じて下さっているとしたら光栄ですが、それは何か違うと思います。

ただ当日、問題定義者はメンバー同士の横の繋がりが欲しい事を改めて提案しました。

これから先の、グループでの運営を考えると当然必要な事だと思います。

ただ、今の状況では、センターの担当者がフォローしてくれていたと思っていたメンバーが、大半を占めていた様に感じました。

それが、なかったと言う事でギクシャクしてしまったのです。

グループが一つになれるまでは、まだかなりの時間が必要です。

一か月に一度の定例会でも、全員は集まりませんし自己主張の強い方もいますし、およそボランティアには不向きと思われる方もいますし、、、、

只今、中途半端な状態にある<まな三>というグループの現状ですが、みんなで大きく羽ばたきたいと思います。

(2007年11月16日、11時44分 UP)

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生協の危機管理も甘かったですよ!

昨日今日のニュースを聞いて、とうとうこんな事態に、、、、そんな思いになったのは私だけでは無いでしょう。

ここ何年かは、生産国が中国と明記されているものは、絶対に買いませんでした。

販売元が生協であっても、買わない事にしていました。

生協を利用するようになって、三十年以上になります。

子供達がよちよち歩きの頃、安心で安全と聞いて生協の組合員になりました。

最初の頃は、品数も少なく目の届く範囲の商品だと感じられたのです。

最近は、どんどんスーパー化が進み、扱わない物が無いような勢いです。

食品、日用品、衣料品、家具から布団と、日常必要な物は何でも買えます。

家の修理、引っ越し、葬式と数え上げたら限が有りまん。

当初は、安全な食品や安全な洗剤が売りでした。

最近は、生協が扱っている国内生産の野菜も、信用できないと耳にするようになってきています。

やはり、農薬の問題です。

それは、契約農家の近所に住んでいる人からの情報です。

ましてや、中国野菜の農薬漬けは日本だけに留まらず、広く知られている事実です。

ですから、原材料が中国となれば手が引っ込むというものです。

そうそう、危機管理の問題ですが、生協は私達利用者に被害があった時点で知らせるべきでした。

それが責任ある者のする事です。

同じ市内で被害が出ていたにも拘らず、何の報告もありませんでした。

今日、夕方の配達時に商品の回収をしていたようでしたが、何か違うと感じました。

<もっと早く、もっと危機感をもって対処すべきじゃなかったのかな?>

そんな感想を持ちました。等と、本当はそんな穏やかな感想に留まっていてはいけないとも思って居ます。

昼間、エレベーターで会った配達途中の生協職員が、「想定外でした。」「駄目ですね、中国は」と、切羽詰った様にも聞こえる言葉を残して降りて行きました。

その事を他の組合員さんに話した時、<被害者意識なんですね>と浮かない表情をしました。

(違和感を感じているのは、私一人じゃ無いんだ。)と思った瞬間でした。

TVインタビューでは有識者が、生産国が表示されていない物にも注意が必要だと答えていました。

私も、生産国の表示の無い食品が気になっていました。

(これは、、、?)と思いながら買う時もあり、止める時もありました。

これからは、買わない事に決めました。

でも、困ります。何にも買えなくなりそうです。

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公共施設は、市民の為にどれだけ役に立っているのか?

<市・パソコン施設ボランティア>の募集で集まったメンバーと、共に講習・研修・インターンと進んで一年半が経ちました。

25名からの出発でした。

日本のPC創設メンバーだと自称する方、既にPC講座をボランティアでされている方、視聴障害者にボランティアでPCを教えている方、PC以外のボランティアをされている方と様々です。

性格もいろいろで、PCの超先進国で仕事をしていたと言う方は、自己主張が強く<自分がPCでやりたい事>を教えたいと言い続けています。

私個人のボランティアへの思いは、自分がやりたい事を誰かにやって上げるのではなく、望まれた事に対してお手伝いできるものを持っていたら、やりましょう。という思いだけなのです。

大きな違いだと思っています。

(彼は、自己主張を通すべく市側と闘っている部分もありますが、全体の事を考えて交渉をしてくれてもいます。グループ牽引者の一人です。)

市の施設を利用するにあたって、禁止されている事が多すぎる事は確かなのです。

PCの利用に関してですが、ソフトのインストールは禁止されています。でも、市販されていないフリーソフトなら良いのだそうです。

公平さを欠くからでしょうか?メーカーが販売しているソフトは許可しないと言われました。

HP講座では、講座が修了しても、完成したものをアップして見るが出来ない設定にしてあります。

こんな状況では、せっかくの施設が十分に活用できないというものです。

利用する側からすると、不便窮まりないのです。

自主学習会にも、支障を来すのです。

飛び込みで、使用許可を願っているのではありません。

市が募集をして、講座を修了させて、インターンまでさせて、ボランティアとして許可しているにも係わらず、大げさに言えば自主学習の妨害をしている感じです。

市の担当者の問題ではありませんので、間に入って苦情を聞かされる職員が気の毒にも思えます。

私などは、個人的にはいろいろお世話になっていると思っていますので、担当職員が気の毒になります。

限られた中で頑張って、グループの為に配慮して下さっていると思います。

市は、私達を施設ボランティアとして募集をしましたが、それ以上の活動の発展も望んでいます。

それなのに、です。

パソコン使用に関しては、施設を使用させる側(つまりです)が如何に警戒心を持っているかという事です。必要以上の警戒心に思えます。

使用する側にすれば、そんなに信用できないのなら、何故こんな施設を作り、何故コンピューター専門の技術者を雇っているのか?という事です。

税金の無駄遣いにも繋がっていませんか?

利用者の利便性を奪い取っているのです。

本当のところは、何もしたくないのでは、と勘繰ってしまいます。

公民館もしかりで、利用者の活動の足を引っ張り、管理側の都合が前面に出て、折角ある施設の設備が十分に利用できないのが現実です。

いづれも、教育委員会の管轄である事が最悪だと思えるのです。

飛ぶようですが、直結している学校現場は大丈夫なのでしょうか?

箱物だけを作っても、事無かれ主義でやられては宝の持ち腐れです。

利用者側に立って、事を進めて欲しいのです。

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住んでる世界が違いすぎる、消費者と製造業者

食の安全を求める消費者と、儲け一辺倒の製造者の世界が、はっきり二つに分かれていた。

最初に感じたのは、中国野菜だ。

中国野菜の残留農薬の酷さが、世間に知られるようになって久しい。

それが、改まるどころか最近益々頻繁に報道されるようになった来ている。

安い中国野菜に対して、国産野菜が追いやられる状況になっていた。

そんな中、中国産椎茸の残留農薬がニュースで取り上げられると言うショッキングな事があった。

まさか、シイタケ栽培に農薬を使用していたとは思わなかった。

その事が有って以来、私の周りの主婦たちは中国産野菜から遠ざかった。

中国経済の成長に伴い、食の安全に対する中国国民の関心はどうなっているのか非常に興味があった。

しかし、先日のTV報道を見て唖然とした。

残留農薬を洗い落とすために、野菜洗剤が普及していると言うのものだった。

中国の女性が、サラダ菜を一枚一枚丁寧に洗っている場面と、インタビューが放映された。

毎日野菜を10分かけて洗っているが、健康のために仕方がないし、もう慣れたと言っていた。

一緒に見ていた夫が、<あれだけ洗剤づけにしてしまって、如何なものか、、、?>と、疑問を口にした。

街で、野菜を売っている女性へのインタビューも流された。

「農薬を使わなきゃ、みんな虫に食べられちゃうもの、農薬を使うのは当たり前でしょ。ちゃんと洗って食べなきゃだめよ。」

当たり前に答えていたけど、<農薬散布に適量はないの?>

日本では無農薬野菜が出回っているが、果たしてどの程度信用できるものなんだろう?

友人が、無農薬野菜を作るのは無理だと断言した。

完全に隔離された場所でなら作れるかも知れないが、隣の畑で農薬を使えば、虫は農薬散布していない場所へ移動して来て食い荒らすので、収穫が出来なくなると答えた。

その通りだと思う。

生協で、共同購入をするようになって30年以上が過ぎた。

生協は農家と契約して、事細かく農薬に対する決めごとを作っている。

しかし、契約農家の実情を知る者は守っていないと断言する。

一旦契約してしまうと、調べにも来ないと言う。

単に噂話としてはすまされない。

監督責任は、どうなっているのか?

何処も彼処もだ。

いま、話題の赤福、比内地鶏、嘗ての北海道のミートに白い恋人、不二家と老舗がブランドがガタガタと信頼を崩壊させている。

中国を非難している場合じゃないだろう、と世界中から日本が非難されないのか?

食は、もっとコンパクトな世界が良い。監督の行き届く世界が良い。

グルメ番組が氾濫し、猫も杓子も老舗へブランドへと流れる。

そんな流行も一因になっている商業製品の堕落。

こんな世の中に誰がした?

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馬喰町問屋街(1)

馬喰町で、買い物をするようになって26年になります。

着付けを教えていた頃に、長襦袢地や、絹紐といった消耗品を買いに、友人に誘われるまま問屋街に行ってみたのです。

大阪から、業務の拡大を計って進出したばかりの呉服屋さんがありました。

当時としては珍しかったと思いますが、商売人は勿論、素人の私達も顧客として受け入れていました。

それから四半世紀の付き合いになります。

担当者も年々若くなり、今の担当者は未だ二十代の青年です。

昨日久しぶりに出かけてみると、若いと思っていた店長さんが、かなり老け込んで見えました。この時代に着物を買う人は減り続け、大変な時代です。

それでも、未だに続いているのですから大したものだと思います。

古き良き時代とは言い難いのですが、20年前の商売はバブルそのものでした。

ホテルで行われた展示販売場には、寿司職人をはじめとして色々な食職人を待機させていました。

呉服を買いに来たお客は、鮨を握って貰らうこともでき、他にも好きな食べ物を注文して食べる事もできました。これが、接待と言うものだったのでしょうか?

その後も、記念品として京都で作らせた食器や、オリジナルの品が年末年始にわたされました。

今にして思えば、すごい時代です。

友人や妹を連れて買いに行った時に、彼女達の購入額に対してのリベートが出ました。

<聞いてないよ~>状態でしたのでびっくりしました。

そういうシステムになっていると言われました。

それを貰ってしまうと、詐欺師になったようで嫌でしたので

<リベートは要らないから、安くしてやって下さい>と伝えると

<わかりました>と言いましたけど、リベートなどと言うものが出たのは、たぶんその時だけだったでしょう。

その後、どんどん着物離れが進み、購買力は下降線を辿るばかりです。記念品の一つも出ませんが、必要な物なら兎も角記念品は要りません。

呉服は特に、小売値の張る品物が多く、問屋さん以外では買う気になりません。上代価格の数字を見るとぞっとします。

ですので、気の置けない人だけを問屋さんに連れて行く事にしています。

何故、気の置けない人だけかと言いますと、

当世は、着物を知らない人が多く、本当に良かったと思ってくれているかどうかが分かりません。ですので、知人と言うだけでは紹介できないのです。

最近、一番嬉しかった事は、2年前に妹(義妹)が買った加賀友禅の黒留袖です。私が本当に欲しいと思った逸品でした。

良いものは、一見して誰にでもわかります。

娘を嫁がせる妹の留袖姿を見て、満足感に浸りました。(笑)

その時の担当者ですが、初見参では人参色の髪をしていました。

似合えば何色の髪でも良いのですが、まったく似合わないのです。こんなセンスの担当者では先が思いやられると、溜息ものでした。

そんな気持ちを察知したのか、店長さんがさりげなく?それとも懸命に?フォローしていました。

親しくなったら、感想を言ってあげようと思っていたのに、二回目に会った時には黒髪になっていました。

そんな人参色の髪のお兄ちゃんも、まだどこかの支店で頑張っているようです。

きつい事ですが、好きな色が似合う色ではなかったと言う典型的なセンスのお兄ちゃんでした。

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飾りじゃないのよ!総理大臣は!

実力のない者に、期待を掛けてしまった残酷さの現われが、安倍総理の例ではないかと思いました。

消化器系の病気という事も聞きましたが、昨日の首相退陣の記者会見での声は、泣き声のように聞こえました。

一年という短命内閣は、自爆のような散り方をしました。

安倍さんは人気者ではあったけれど、総理としては期待されていなかったような気がします。

小泉さんと誰かさんの繋ぎの総理とも言われ、それに関しては予想は裏切りませんでしたが、それで良かったのでしょうか?

無責任な選びかたですよね。

庶民生活を実感できないお坊ちゃんには、最初からチグハグ感を感じていました。

当選から13年で総理になったようですけど、血筋だけでなれるものでもないし、なってはいけないのが総理大臣というものでしょう。

<美しい国日本>というキャッチフレーズを聞いた時、少しは持っていた期待感は全く消えました。

内閣に呼び集めたお友達は、揃いも揃って悪(わる)で品行に難有りと言うオバカばかり。

お坊ちゃんはお友達選びができないようで、世の中の子育ての縮図を見ているようでした。

嘗ての、お殿様総理も官僚の協力が得られなかったのか<や~めた!>とばかりに、突然辞めて世間をびっくりさせました。

<殿>そのもので、先ずファッションから入り、プロンプター(当時は高価な物だったようです)を初めて使ってみたりと、本筋以外で話題を作ってしまう人でした。

今は、政治からは手を引いて、作陶を楽しんだりとすっかり民の生活の事は忘れ、一人生活を楽しんでいるように伺えます。

鳩山(兄)にも、同じような印象を持っています。

何党の時だったか忘れましたが、党首だった時代です。

選挙での党のキャッチフレーズを見た時に、本当に何を考えて政治に携わろうとしているのかと思いました。

宝塚?それとも少女小説の題名?ふざけないで!

もしかして、女性狙いだったら見下しすぎよ!と思いました。

お坊ちゃま育ちの政治家達は、女性に媚びてる積りでしょうが、現代に生きる女性達の心を掴んではいません。

女性の心を掴みたかったら、先ず庶民の生活を実感することです。

残念ですね、特に安倍さんは北朝鮮の拉致被害者の為に頑張って下さってましたのに。

総理になる前に、とにかく何か一つ成し遂げて欲しかったですね。

これからは、専門と言えるものをしっかりもって、国民の為に力を注いで下さい。安倍さんも、議員の皆様も、、、

安倍さんは、細川さんのように逃げ出さないで、国民の為に政治家としての自信をつけて、いつか総理としてカムバックして欲しいものです。政治家としての使命を感じているなら。

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団地っ子のふる里

8月、お盆休みの頃のショッピングセンターは、いつもの3~4倍の人で混雑していました。確か、お正月も凄い人出だったと思い出しました。

みんな田舎に帰らなくなったのか?お土産を買ってこれから出かけるのか?

そう思った後で、はたと思い当たったのです。

私達世代以上が、この地に定住したのです。そして、成長し巣立っていった子供達が、家族を連れて帰って来ていたのです。

娘のハヌルが、「友達のところでも、親がこの辺に住んでいるらしいよ。引っ越しても近くの分譲を買ったりして、今でも住んでる人が多いんだって!」そう言う情報が入っていました。

団地っ子と言われる団地育ちの子供達には、ふる里がないとよく言われていました。

団地っ子の親達が、団地周辺に定住した事でふる里はできました。

我が家でも転居を考えた時に、子供達にふる里を残してやろうと思ったのです。

そして、当時の住所から徒歩5分の風の街に転居しました

住宅街も、5階建ての集合住宅が多い中に高層の大規模マンションがずいぶん増えました。

ここ、風の街も大規模マンション群の一つです。

今住んでいる『区』は、発展途上であり住宅地やオフィス街として企画されていたところが、どんどん出来上がり今も増殖中という事を考えると、想定内の変化と言えるのでしょうか。

そんな変化も含めて、団地っ子のふる里ここに有りと言ったところでしょう。

駅周辺の商業地には、高層マンションが未だに建ち続けています。

そんな喧騒から逃れたいと、目の前に建築中のマンション(駅前の大規模高層マンション)ではなく、ここ風の街に決めました。

海が見え、富士山を望み、目の前には公園がありと、本当の自然にはなかなかお目にかかれない場所で得た住み心地の良い所です。

風の街の住人には、我が家のように近隣の団地から移り住んで来た方が多いようです。住み慣れた街が一番なのかも知れません。

人口も増え、若い人から老人まで、実に様々な老若男女それぞれのライフスタイルを見かける事ができる街です。

その中で、以前に益して熟年男性の姿をスーパーで見かける事が多くなりました。

リタイアした世の男性が、積極的に街に繰り出して来たのかも知れません。

お出かけの帰りなのか、リュックを背負いウェストポーチを身に着け、食材を買って帰る人を多く見かけます。

生活を楽しんでいる様子に、心が和みます。

団地っ子達の、良いふる里として定着させたいと思う今です。

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千葉市は、目の不自由な方にもっと優しい配慮を!

千葉市の生涯学習者センターを出て歩き始めると、後ろからカタカタ、カタカタと音がついてきます。何の音なのか気になって振り返ってみると、白い杖を付いた方でした。

歩道は比較的広く、滑らかな路面です。でも、点字ブロックがありません。歩道と車道は、赤白に塗り分けられた杭で区切られていて、段差もありません。

健常者といわれる私達には、歩きやすい道路です。

信号があり道路を渡ったところで、その方は杭を見つけられずどんどん車道に出てゆきました。

戻って声を掛けました。

「左に寄ってください。そちらは車道です。」

「有難うございます。」そう言って戻っては、又車道に入ってしまいます。

「駅においでになりますか?」と聞くと、「はい、駅に行きます。」と答えられたので、「じゃあ、ご一緒しましょう。」と歩き始めました。

でも、初めての事で誘導が上手くできないのです。歩道に立てられた何本ものポールが行く手を阻んで、何度も「ポールがあります。」と声を掛けることになり、目の不自由な方には何と不親切な道路なんだろうと思いました。

階段では、手すりに誘導して手すりにつかまって歩いていただきました。

駅は、さすがに人が多く、肩をお貸ししてホームに上がりました。

私は、肩を貸すということすら思いつかず、腕を組んで歩こうとしました。

でも、そうではないんですよね。TVの映像では見たことがありましたけど、とっさには思いつきませんでした。

偶然降りる駅が同じで、利用するバスは一番違いでした。

その方を、無事バスに乗せ、私は夕食の食材を求めてスーパーに向かいました。

なんだかとっても切なくて、虚しくなりました。

政令指定都市千葉市

彼は、図書館に本を読んでもらいに、月に一度通っていると云われました。

図書館からJR千葉駅までは、徒歩で何分でもありません。

そこに、点字ブロックも無いなんて政令指定都市千葉市はお粗末過ぎます。

駅も、電車とホームとの間が微妙に空いていて怖いと思いました。

身体の不自由な方が、一人で外出できる環境を作って欲しいと思いました。PCもおやりになると言われましたので、かなり積極的に何かをなさっておいでなのでしょう。行政が、先ず手を差し伸べるべきでしょう。

せめて、安心して歩道を歩くことができるように。

そのくらいは、して欲しいですね。

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簡保(Kampo)の団体扱いについて、第二弾

昨年の九月、簡保の団体割引について書きましたが、今もアクセスされる方がいらっしゃいますので、又現状を書くことにしました。

先ずは、朗報だということをお知らせします。

平成19年2月23日付けで、地域の郵便局より

簡易保険の団体払込みご利用のしおり 平成18年4月作成

日本郵政公社

が自治会長宛てに届けられました。

しおりと共に入っていた用紙には、保険料払込団体の運営について、払込団体の構成員(保険契約者)にご理解いただくため「簡易保険の団体払込みご利用のしおり」を全構成員(保険契約者)に必ず配布してください。

と書かれていました。

去年の4月に作成されたしおりを、今頃届ける怠慢さは民営化されても変わりませんね。

全国の自治会員の殆どは、団体扱いを中止されたと聞いています。

私の自治会では、会長自らが郵便局側と話し合いを重ね、遂に阻止したのです。

周辺自治会では話合う事もせず、すんなりと受け入れたと聞いています。

それにも係わらず、私の自治会のみが団体扱いを受けるのはずるいと他所の自治会員から不満があると、集金人から聞きました。

それは、ずるいのではなく、理不尽なことを受け入れてしまった所属自治会の責任なのです。そして、自ら何の声も出さなかった結果だと知るべきではなかったでしょうか?

以下は、今回配布されたしおりの、内容の一部分を要約したものです。

団体扱いを利用するためには、団体扱いを受ける母体団体の存在があること。

母体団体には、職域団体、同業組合団体、地域団体の三種類があり、私が問題にした自治会は、地域団体の中の「第二種地域団体」に属します。

昨年、あれだけ排除しようとしていた自治会の存在を、はっきりと記しています。

従いまして、昨年廃止された団体扱いも、母体団体が残っていれば再び団体割引が受けられるはずです。残っていない場合は、規定に従って母体団体を結成すれば済むことです私のこのブログに気づいた方は、復活を試みられては如何でしょう?

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地下鉄サリン事件から13年

1月10日読売新聞夕刊によると

今年の3月20日は、地下鉄サリン事件の犠牲者の13回忌に当たるのだそうです。

13年も経ているのに、未だ事件の首謀者は何も語ってはいません。被害者の会では、事件への思いを綴った手記を一般から原則としてメールで募集するそうです。

13年前の3月20日朝

私は、TVを見ながら渋谷に出かける準備を進めていました。

地下鉄霞ヶ関駅で、事故か事件があった事を知らせるテロップが流れました。

乗っていく線が違うこともあり、何の不安も持たずに地下鉄に乗り、順調に渋谷に到着しました。

会社に着くと、次々にやって来るメンバーも何かあったらしいという以外に、詳しく知る人は誰もいませんでした。

午後1時半過ぎに帰宅し、すぐにTVをつけてみました。

何が起こっているのか?

兎に角大変なことが起こっているようだが、全く事件を把握できないまま、先ず子供達の所在の確認をと受話器を持ちました。

娘とも、息子とも直接話ができました。

その直後、職場から夫が電話を掛けてきました。

駒場(東京大学)の門に、不審物が置かれているという報道があったけど、息子は大学に出ているのか?という電話でした。

”電話で所在を確認したから大丈夫”と伝えました。

テロなら、霞ヶ関の次に東京大学を狙う事も不思議ではないと考えましたが、物は唯の塵でした。

オウムが起こした地下鉄サリン事件では、多くの方が犠牲になりました。今も苦しんでる方が大勢いると聞いています。

それなのに、事件を起こしたオウムは名前を変え、堂々と活動し続けていることに、日本の政治の不可思議を思わずにはいられません。

毎日のようにTVで流されたニュースの場面が、脳裏を離れませんでした。

地下鉄に乗り、駅員さんの緑色の制服を見ると、逆にTV画面の中の制服姿が映像として浮かんできました。

あの時すぐに、子供達と連絡が取れなかったら私は如何したろう?

何の被害も受けていない私が、緊張しました。

近隣には、被害に会われた方があったと報道で知りました。

当時のお隣さんは、”間一髪でした”と言われました。

駅からはゴミ箱が撤去され、電車内には雑誌や新聞を置いたまま降りない様に徹底されました。

あれから、13年もたったのですね。

それなのに、何が解決したのでしょう?

法の整備も、相変わらず加害者が有利に置かれているように感じます。

日々のニュースが、平凡に生活している者へのストレスになる時代です。

負の遺産は、次代の人達に残してはいけないものなのです。

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簡保の団体割引はどうなったか?

日本の政治は、小泉さんから安倍さんにバトンタッチされた。

小泉さんの政策の大きな柱は、郵政民営化だった。

この郵政民営化に伴い、郵便局側は簡保における自治会会員の団体割引のカットを企てた。

昨年(2005年)9月、郵便局から我が自治会に呼び出しがあった。

我が自治会は、不備の団体である事。

簡保の個人加入と団体加入では、不平等さがある事を理由に、団体割引をカットすると説明をした。

それに対して、規約に基づいて作られた自治会である事。又、契約時に団体扱いとして加入したものであり、不平等という理由は納得できないと突っぱねた。

従って、簡易保険が別の団体に移されても、契約は引き継がれるべきであると主張し続けた。

9月の呼び出しの時点で、既に多くの自治会は郵便局側の言い分を呑んでいた。

残っていた二団体の中で、呼び出しに応じたのは我が自治会のみだったと言う。

それが、今年(2006年)の1月。

郵便局側から三名がやって来て、自治会役員に説明があった。(私も同席)

我々の自治会は不備の自治会ではなく、正規の手続きをふんで居ると訂正してきた。そして、一月中に提出すべき8通の書類があるといわれた。しかし、その書類が認められるかどうかは、説明に来た三名にも分からない。

そんな曖昧な説明だった。

期限内に書類を作り提出した。

4月の自治会総会の時点で、回答は届いていなかったが、存続を念頭に総会を進めた。

五月連休前に、ようやく団体割引の継続の連絡が届いた。

全国的にも最後まで粘り続けた自治会は、殆どなかったようだ。

国をバックにした団体ならば仕方ないと、一方的な言い分にも異議を申し立てずに従うのだろうか。それでは、国民が負担を強いられる現実は、変わらないと思うのだが、、、

たまたま、我々の自治会には対等に渡り合ってくれた方々がいた。

簡保の知識があり、話し合いに慣れた方がいた。

お二人の長老に感謝!

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