家族

雪降り止んだ朝に

ガリガリと、タイヤを転がす車の音。

カリッ、カリッ。ザザッ。

カリッ、カリッ。ザザッ。

雪かきをしている硬い音。

雪が降りやんだ翌朝の音です。

晴れ渡った朝の音です。

雪の翌朝、人々が動き出した音です。

昨日は、南関東にも雪が降りました。

Photo 公園の木々が、雪を着るまでにはならず、湿った牡丹雪がひらひらと舞い降りていました。

雪国の人から見たら、ちっぽけな積雪でしたが関東地方にとっては、大変な雪の訪問となったようです。

Photo_5 それでも、雪を楽しみにしていた者もいました。

子供達にとっては、楽しい雪の訪問となったのです。

目の前の公園では、親子が雪を積みあげる事に懸命で、何時間もかけて雪山を積み上げていました。

Photo_6 今朝は、登校前の子供達が、公園の雪山を見つけて、まわりをぐるりと回ってみたり、とんとんと手で感触を確かめてみたりと、通りすがりに楽しんでいるようでした。

そうして、次々と雪山の前を通って、下校時にはもっともっと楽しんでから帰るのでしょう。

今朝の夫の足元です。

Photo_4 雪の日の出勤は、決まってキャラバンシューズのお出ましです。

友人の薦めで履きだしたこの靴は、雪の日の頼れる奴です。

マンション前のバス停には、今朝に限って行列が出来ていました。

駅が近いので、普段はバスを利用する人は疎らです。

今朝は、きっと足元に自信がなかったのでしょう。

キャラバンシューズは、いかがでしょうか?

(今でも、キャラバンシューズと呼ばれているのかな?)

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実験屋を自称する夫は、一般社会に順応できるのでしょうか?

夫は、大学教授

定年まで一年余りです。

教師以外の仕事はした事がありません。皆無です。

実験屋は、はじめに結果ありきです。

“結果”を証明する為に実験を続けます。

そんな生活が云十年と続いています。

実験を続けたいために、教授に就任する事を何年も拒み続けた人です。

はじめに結果ありき!

そんな頭の夫が、果たして現実社会に順応して行けるのでしょうか?

一抹の不安を感じています。

昨日の事です。

夫の兄が他界しました。

県内に住んでいながら、ほとんど付き合いが有りませんでした。

亡くなった兄は他の兄姉との付き合いも、ほとんどなかったようです。

それでも、入院中は、兄姉に代わり何回かお見舞いには行っていました。

昨日朝7時に、夫の実家から兄の訃報が届けられました。

夜中の二時に亡くなり、朝7時には通夜、葬儀の予定が既に決定していました。

夫は、私を伴い直ぐに兄の家に直行すると言いました。

一度も伺った事のない兄の家です。

私は、先ず電話で状況を把握してから出かけましょうと、夫を引きとめました。

電話がつながりません。

やはり、行ってみようと言う夫を、私の勘がまた引きとめました。

こんな時、家には留守番が必ずいるものだと決めつけている夫ですが、地方の旧家に育った夫の常識は、現在の一般社会には当てはまらない事が多いのです。

家族の組織が大きく変わった今、葬儀が同じようには行われません。夫は、規模の違いだけと考えているのかも知れません。

朝から電話をかけ続け、ようやく繋がったのは午後4時でした。

これから伺いたいと言う夫の申し出を、義姉は疲れているからと断りました。

入院中だった義姉が、一時退院をしていた時の事だったのです。

「姉さんも疲れているから、もっともだ」という夫からは、納得しているようには感じられません。

義姉に甥の携帯番号を聞いて(ようやく、ここで甥の携帯番号ゲットです)、掛けてみたがつながらず、二回目につながったと思ったところ、また義姉に代わってしまい情報が手に入らなかったようです。

<今まで、(彼は)何してたんですって?>と言う私の問いに

「そんな事、聞けるか?」

(えっ、ああ、そうなんだあ。聞けないのかあ)

要するに、こんな非常時に何をしていたのかという不信感をもっていたので、聞けなかったようです。

ただ、義姉が夫に「子供達に任せてあるので何とかやってくれるでしょう」と言ったと言うからには、それ以上踏み込まないで、と拒否されたと思うべきだと私は感じました。

夫の、どうしても兄の元に行かなければと言う気持ちとは裏腹に、兄の家族は通夜と葬儀にだけ参列してもらえば良いと言う考えなのだと思いました。

ご遺体は、セレモニーホールに3~4日お願いしてあるようです。

家にも連れ帰らず、預けっぱなし、ご遺体と会う事も出来ず、夫のいらいらは、頂点に達していました。

連絡をしたい青森の姉にも、なかなか電話が繋がりません。

どうやら、雪かきに追われていたようです。

午後6時、電話がつながり「何の役にも立ちませんでした。すみません。」姉に謝りながらも怒りとイライラ感を募らせていました。

その二時間後に、青森の姉から電話が入りました。

姉が、亡くなった兄の娘に電話をしたと言う時点で、私は部屋を出ました。

夕方から飲み続けていたお酒が引くほど、夫の怒りは頂上を駆け巡っていました。

先ず、甥・姪の携帯番号を知らされていなかった事が、一日の計画を狂わせた原因でした。

夫は、携帯電話の必要性を感じていない人ですから、ここで携帯電話が生活の中で占める役割を感じたでしょうか?

夫の解釈と、世間の解釈には少々ずれが有ります。

一番遣る瀬無い事は、夫の思いやりが時々仇になる事です。

変に遠慮して、婉曲的な言い回しをして理解してもらえなかったり、

(そんな時、私ならはっきり聞くのに!と思える事度々です)

そして、こうあるべきだという思いから出る言動は、思いやりを持って言っているのは私には分かるけど、相手からすれば有難迷惑であったりする訳です。

でも、それは、私からみると、自分の気持ちを優先させていると思えるのです。

相手がして欲しい事ではなく、自分が良しと思っている事をしてやりたい、こうした方が良いのにと言う思いから、結局、自分がしてやりたい事を押しつける形になってしまうのです。

そんな事実を伝えると、分かってくれる夫ですが、、、、

一般社会に移り住んで、普通のおじさんになってたら、広い社会での迷走はきついですよ。

頑張りましょうね!

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