ボランティア活動家とボランティア活動をする人の違い
12月13日:石井苗子氏の講演会開催
私は、<Mサポ通信>の編集者として講演を聞く事になっていたが、、、美しい人だった。
講演の最後に、「5分だけしか時間がありませんが。」と断りがあって、質問を受けた。
一番前の席に居たおじいちゃま?が、彼女の美しさを褒め、いつTVに出演するのか?どんな雑誌に出るのか?と、講演の内容とは関係なさそうな芸能リポーター並の質問、、、、
このおじいちゃまだけの質問で、チョンと≪木が入った≫
う~~~~ん?どんなもんでしょう~
この講演で、石井さんがボランティア活動家を紹介された。
ボランティア活動は、集まった人が同じ思いでやるが、何かの理由でできないと思えば簡単に辞める事も出来る。
それに引き替え、「ボランティアは金です。」と、きっぱり答えたという活動家(この場合は、米国の牧師)は、私達とは違い羽詰まった位置にいる事を紹介された。
活動家に必要な事は、政府からどれだけお金を引き出させるか?という力。
そのような人がいると言う事を、考えた事もなかった。
活動家の企画力、そして必要な事の順位付とプランと、等々、等々、相当な実力と実行力とエネルギーと、、、、、聞きながら、とてつもなく大変な荷を背負って生きているんだなあ。なんて考えて、なんだか頭がボ~ットしそうだった。
こんな方達の力で、命を繋いでいる人がどれだけいるのだろう?
石井さんが、この活動家の下で食事を配っていた時に「食事を受け取っても、有難うも言えないの?」と疑問を投げかけた時「彼らは、有難うを言う余裕もないんだ。有難うを聞きたかったら、企業家になればいくらでも有難うと言ってもらえる。」と、言われたそうだ。
確かに、命にかかわるボランティア活動は、そういう状況下でやる事なのだろう。
重い重い話は、やっぱり別次元のボランティア、、、、
私がボランティアグループに入る前は、ボランティアとは当にそこに有って、それ以外のボランティアは念頭になかった。
それ以外は、ボランティアにはあらずとさえ思っていた。
今のボランティアグループに入って感じた一番の戸惑いは、ボランティア活動をする為に同じ思いで集まった筈の人が、何故こんなに思いが違っているのかと言う事だった。
理解力の差に、認識の差に突き落とされそうになった。
それは、スキルの問題では無く一般常識としての認識の差だ。
その人が、住んでいた社会の差でもあるのだろうか?
一番の戸惑いは、PCボランティアの役員で有りながら、役員会の命綱とも言うべきメールを開かない。
なので、前に進めない時が多々有って、迷惑をかけている事も分かって居なかったり、役員として出すメールを個人が出していると思い込んで、私を気の毒に思ってくれてたり。
そんな人に、貴方の所為です。と改めて言ったところで仕方がないと、私の方で諦めている事もあったりしている。
本当は、ここで諦めてはいけないのかも知れないが、お人は悪くないのだけれど同胞として面倒見切れない。
あっ、この物言いは、私が傲慢過ぎると言う事?
そんな現実の中で、もう今年も終わりそうだ。
ボランティア活動に必要な健康とは?
physical、mental、social、spiritualの4種類の健康があるらしい。
WHOが提唱している健康だと石井さんが述べられた。
自分の体の状態を分かっている事。やる気がある事。社会性がある事。自分が生きてると言う事。
これだけの説明では、分かって貰えないだろうと思うが、英語そのものの意味を理解する人には私以上に理解できる事かも知れない。
私が、ボランティア活動に関して愚痴って居る時、健康では無いのだろうと思う。
メインが役員と言う事で、定例会がある度に愚痴が出る。
でも、他のメンバーには沢山助けて頂きもしたし、多くを教えて頂いた。
素晴らしいメンバーに出会えたから、まだこれからも続けられる。
この事を特筆しておかなければ、私は嫌な女のまま年を越しそうだ。
<活動>は、いつ辞めても良いものと割り切っているなら単純な事だとは思うけれど、半端な事はしたくない。
そんな思いの中で、ボランティア活動は2009年へと続く!
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 人柄が垣間見える、ボランティア活動(2009.06.19)
- “秋 うらら”(2008.12.12)
- 風荒く春二番と名付けたい(久しぶりに晴れた日)(2009.03.02)
- 当面の敵は、定年を控えた夫です(2009.02.22)
- 二月は春です!(2009.02.03)


コメント