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2007年11月

ガリバーヒマワリ&皇帝ダリア

少々疲れ気味な頭をリフレッシュする為に、花の美術館に行ってみました。いつもフラッと出かける憩える場所です。先ず、目にしたものは、、、、

Dscf2319_25 高さ3メートルにもなる、ガリバーヒマワリと皇帝ダリアでした。

フェンスから、グーンと伸びあがった淡いピンクのダリアと黄色いヒマワリが、先ず存在感をアッピールしているところです。

共にキク科の植物で、ダリアは確かにダリアの花でしたが、ヒマワリは、、、やはり、キク科の花でした。

ガリバーヒマワリは、色がヒマワリ色と言うだけで、葉っぱは大きな大きな菊の葉そのものでした。成長が早く、高さが5メートルにもなるそうです。

Dscf2317_25

皇帝ダリアは淡いピンク色で、遠目には鉄線の花に見えました。ツリーダリア、コダチダリアとも言われ、高さは5~8メートルに、、、驚くほど大きく成長します。

11月上旬に開花する美しい花ですが、見上げての鑑賞となります。花の大きさは、大人の手のひらほどもあります。

25 裏庭に続く小道は、風情があり好きな場所です。

イエローマジョリティーと名の付く大きなサルビア科の花は、隣のウコンよりも高く、コンクリートに這ったツタの紅葉と共に引き立て合っています。そのコンクリートの内側にある小さなガーデンにも、淡いピンクの皇帝ダリアの花が見えます。隣のオリーブの木に負けてはいません。高い位置から小道を見下ろしているようです。

千葉市花の美術館内は、もうクリスマス飾りでしょうか?

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男の着物

日本には、着物と言う素晴らしい衣裳が有ります。

Dscf2307_no1

女性も男性も、日常的に着物を着なくなって久しく、着物を着て街を歩いていると、至る所で人々の視線を感じます。

混雑した都内にいる時には、別段気に掛ける事もないのですが、人の少ない場所にいる時には、はっきり視線を感じてしまします。

好意的な視線であっても、見られていると思うと落ち着きません。

電車を待つ時には、できるだけ人目につかない場所にいる事が多くなってしまいました。

息子は、大学時代から部活OB会のパーティーには、羽織袴で出かけていました。

今回後輩の結婚式に招待されて、羽織袴に着替えて出かけると言う瞬間?をとらえました。

彼は六才の時から剣道をしていますので、袴さばきが非常にきれいです。

体が引き締まっていますので、若者らしいすっきりした形が爽やかです。

男の着物は、お腹の出ている方が似合うと言われますが、羽織袴のスタイルにお腹の出具合を考える必要はありません。

襟元を奇麗に合わせ、腰ひもをずれない様にきっちりと結び、帯を締めて袴を着けます。

写真で息子が身に付けているものは、大島の対(着物・羽織)に米澤平の袴です。

出かける前で、まだ羽織は着ていませんが、、、

それから、息子の物で、調達に困った物がありました。

足袋です。予想外でした。

足首が細すぎて、既製品が全く合わなかったのです。

そんな訳で、足袋は<めうがや>さんに特注しました。

足を計り、その人に会った足袋を丁寧に仕立ててくれました。

<めうがや>さんでは、最初は六足からの注文になります。

次からは、三足から注文を受けてくれます。

和服の場合男物は、女物と違い対丈に仕立てます。

ですから、洋服と同じように身長が違うと貸し借りができません。

着物には、いろいろな制約があり、洋服の様に自由な着方がなかなかできません。

それが、現在の着物離れにつながった、原因の一つでもあるのかも知れません。

その、着物離れのせいでしょうか?

着物という言い方ではなく、日本の伝統的な衣装という言われ方をされる時が有ります。

着物は、日常着ではなくなりましたので、着物という言い方から伝統衣装という言い方に、代わって行くのかも知れない、と思いました。

時代の自然な流れなのでしょう。

男性も女性も、もう一度、着物に袖を通す事を思い描ける時代になって欲しいと思います。

ゆるやかに時の流れを感じられる日常が無いと、着物の出番は来ないのかも知れません。

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ゆっくりでも良い、オシムさんどうぞ目を覚まして下さい

オシム監督が病に倒れ、サッカー界に激震が走ってから三日目の朝です。

どうぞ、ゆっくりでも良いですから、オシムさん目を覚まして下さい。

選手達も、サッカーファンも、日本中が待っています。

昨夜は、オリンピック世代がベトナムに勝ちました。

今日の17時からは、フクアリでJEFの試合が有ります。

JEFサポーターが、回復を祈って菜の花色の千羽鶴を折っているそうです。

監督に召集されてる選手達も全員で待っています。回復を祈っています。

必ず、必ず私達の前に戻って来て下さい。

日本代表監督という重責は、ストレスの塊のような状況だったでしょう。

まして、心臓病を抱えての激務は、命を縮める様な日々ではなかったでしょうか?

薬は側近が常に持ち歩き、海外遠征の時には、いざという時に備え入院する病院も決めていたと川淵氏のコメントにありました。

いつも映像を通してオシム監督を見ていましたけれど、素人目にも健康体の方には見えませんでした。

たぶん、病気を抱えているだろうと予想をしていましたが、残念でなりません。

それでも、監督を引き受けたと言う事は、日本サッカーにかける思いの強さを象徴しているのでしょうか?

今朝の新聞には、監督が倒れてから病院に搬送するまで一時間もかかったと載っていました。

家族が、日本語を話せない為に外国経由で119番通報したなんて、何故近くに住んでいる関係者に電話をしなかったのか残念でなりません。

兎に角、早い回復を願い祈るのみです。

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着物の手入れ

11月11日、帯解き(七五三)が無事に済みました。

我が家のようにもう済まされた方、そしてこれからの方もおいでですね。

脱いだ後の着物の手入れは、どのようにしているでしょうか?

先ず、脱いてすぐに畳んで仕舞わないで下さい。

依紋掛けに掛けて、風を通して下さい。あっ、直接風に当てると言う意味ではありません。しばらく依紋掛け(ハンガーでも結構です)に掛けて置くだけです。

畳む時に、汚れが着いてないかしっかり確認してください。

食べ物のシミは、台所洗剤でだいたいの物が落ちると思います。

*清潔な布(ハンカチ)二枚、清潔なタオル一枚を用意して下さい。

水を入れた洗面器に、台所洗剤をほんの少し入れます。ほんの少しです。

(1)うんと薄めた洗剤液に、清潔な布(ハンカチで良い)を浸し絞って置きます。

(2)もう一枚の布は、清潔な水に浸し絞って置きます。

タオルを着物のシミの部分の裏側に当てて置きます。

シミの部分を(1)の布でトントンとたたく様にします。

次に(2)の布で、またトントンとたたく様にします。

(1)も(2)も、布の同じ場所を使ってやると、汚れを助長します。場所を変えて使い、繰り返し繰り返し気長に様子を見ながら、何回もやります。

一度試して、少し乾いたらどんな状態か様子を見て下さい。

決して、揉んだり擦ったりしないで下さい。

やさしく扱って下さい。

それから、洗剤を着物に残してしまわないようにして下さい。それがシミになります。

汚れが、薄く広がってしまったらシミをぼかすように(1)、(2)を使って気長に丁寧にやって下さい。

シミが落ちたら、完全に乾いてから仕舞って下さい。

湿気を含んだまま箪笥にしまうと、黴になります。カビがシミとして残ると、どんなに頑張っても落とすことはできません。

着物は、湿気には弱いものですが決して水に弱いものではありません。特殊な加工をして、水に弱い物に仕上げてない限り大丈夫です。

後は、どんな染料を使って染められているかです、つまり心配なのは色落ちや滲みです。

染めの着物は、反物になって一度は水を潜っているはずですので、普通に染められた着物は水には弱くないはずです。

汚れが気になっても、クリーニング屋さんには出さない方が無難です。

どうしても汚れが気になる方は、専門の洗い張り屋さん又は呉服屋さんに持って行って相談してください。

大切な着物、気に入った着物を長く着られるように、日頃の手入れを面倒がらずにやって下さい。

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ししゆず(鬼ゆず)

市場の産業祭りで買ってきた、しし柚子(鬼ゆず)と至って普通の柚子です。

Dscf2240_25 直径15センチのしし柚子は、しし柚子としては普通サイズでしょうか。

去年初めて見た時は、驚きました。

25 半分に割ったところです。

しし柚子には種が全くありません。

実は、グレープフルーツのようです。

しし柚子の値段は250円でした。柚子は150円でしたが、高いのか安いのか見当がつきません。

売ってた場外市場のお兄さんは、鑑賞用だと言いました。

でも、確か食べられるはず、、、

<厚い綿もあまり苦くはないと聞いていたし、ジャムマーマレードにしちゃおうかな?>

全部を使って、ジャム+マーマレードにしてみる事にしました。

細かく刻んで見ると、20センチのお鍋の略八割が満たされました。

水分の少ないしし柚子には、コップ3杯の水を入れ弱火で20分ほど煮ました。

お砂糖:カップ2分の1、塩:1つまみ、レモン汁少々、はちみつ大4

結構適当な、配分です。

苦味のあるジャムマーマレードは、プレーンヨーグルトに合うようです。

熱いお湯を注いで、柚子茶にしても良いと思います。

しし柚子は、煮て食べる方もいるようですから工夫次第でしょうか?

<でも、どうしよう?量が多すぎて、、、、>

<当分、しし柚子ジャムマーマレードに付き合わなければならないなあ、、、>

<甘苦いの好きな人この指と~まれ!>

い・な・い

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雨模様の七五三

11月11日雨模様の日曜日でした。

午前8時30分、カウル姫は父親の車で美容室に出かけました。

写真館の予約は午前11時です。

その間、ハヌルの着付けを済ませ、私自身も着て待つ事にしました。

10時20分、カウル姫が美容室から戻って来ました。

最初に発した言葉は、「お兄ちゃん、髪触らないで!」だった。

たぶん、美容師さんに言われて来たのでしょう。

そこからが大変でした。

姫が着物に慣れていない事もあり、また半襟の金刺繍が化繊だった為に、首がチクチクすると言ってなかなか着付けが進みません。

しごき筥せこ等の小物は、写真館に着いてから身に付けさせる事にしました。

予約時間を少し回っていたでしょうか?写真館に到着しました。

満6歳の誕生日まで半月となったカウル姫は、大分聞き分けが良くなりました。

3歳直前の髪置きの儀に比べると、成長の度合いがよく分かります。

髪置きの儀では、草履の足の形を直そうとしても頑として聞き入れませんでした。

今回は、言い聞かせておきました。

「カメラマンの言う通りにポーズをとるのよ!」

ちょっと辛そうでしたが、頑張れました。

写真撮影で助手をつとめていた技師の母上が、姫の着物を直しながら

「すごく良い着物ですねえ」「手触りが違いますね」と言いました。

さすがに、長年着物を見て触れて来た方です。

「昭和20年代の着物です。私が着て娘が着て、今日この子が着ています。」と答えると、感動していました。

値段の問題ではないのです。今では入手できない、子供向きの金紗縮緬というものは、分かる人には分かるという代物なのです。

感動して下さったからでしょうか?

女性4人だけでの撮影をサービスします。と言われました。

姫一人で、2ポーズ撮りました。

親子4人で1ポーズ、親子3代8人で1ポーズ、そしておまけの女性4人で1ポーズと、ようやく写真撮影が終了しました。カウル姫も幼いながらにほっとしたようでした。

写真館前の道路には、ところどころ水たまりができていて、そこをぴょんと飛び越えて草履が片方脱げました。行動はやっぱりいつもの姫です。

Photo 神社の階段も、雨に濡れていました。

父親に抱えられて境内に参ります。

心配だった雨も、どうやらここまでは大丈夫でした。

雨模様の境内は、人影も疎らでした。

カウル姫はPhoto_2 お祓いをして頂く前に、じいじと一緒に手を合わせて何やらお祈りをしているようでした。

7歳の帯解きというのは、もう大人なのだと神主さんがいわれました。

子供の帯から大人の帯に代わるのが、帯解きだそうです。

大きな行事が一つ終わりました。

ドレスを着てお参りをする子、袴姿の女学生風の子、奇抜な衣装の子等々様々ですが、そしてどの子も又可愛らしくみんな幸せそうでしたが、私の信条としては、その年代の子にしか着られない衣装を着せる事です。

拝殿を後にする時には、ざっーと雨がやって来ました。

神主さんが、車まで傘を貸して下さいましたが、家に帰り着いた時には止んでいました。

カウル姫は晴れ女だそうです。

本領を発揮してくれたようでした。

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母の旅立ち

母が87歳の生涯を全うし、永の旅路に就きました。

父を見送ってから23年が過ぎました。

家庭一筋の母でした。

夫の為、子供の為、孫の為に生きてきた母でした。

最晩年は、緑内障により完全に失明してしまいましたが、我が家の息子が妻を伴って病室を見舞った時には、まだ薄く視力が残ったいる時でしたし、本来のおしゃべりも出来ていました。

ここ一年は声も出なくなり、おしゃべり好きの母には耐えられない日々であったろうと思います。

気丈な母は失明しても、やっと動く右手で食事をしていました。

病気の事もあり、施設にお願いしてありましたが、仕事を持っている義妹が週に3~4日も仕事帰りに寄ってくれていました。

感謝の一言です。

略4年の年月でした。

今年は、母の孫娘が二人結婚しました。

一番年下の孫息子は、大学4年になり就職が決まっています。

母が育てた孫たちの将来を、しっかり確かめて旅立ちました。

生きるべき時間を、全て生き通した感があります。

肉体も、精神も燃焼し尽くしました。

凄いと思います。

<葬儀は盛大にして欲しい>と言い残した母でした。

<盛大に>とは、母らしくないと思いました。

冗談だと思っていましたが、通夜そして告別式を通して母の言い残した<盛大に>の意味が分かりました。

今まで係わったできるだけ多くの方々に、お別れを言いたかったのです。

ご近所のみなさんも、大勢お別れにお出で下さいました。

通夜前日の午後になっても、連絡を取る事ができなかった麻酔医をしている母の甥がいましたが、彼は地方に住んでいる弟と二人で、どうしても参列したいと言う母親をエスコートして来てくれました。

「無理をなさらないでください。」とその叔母に言うと、彼は「率先して、納骨まで行くって言うんです。」

と、叔母の気持ちを伝えてくれました。

我が家の息子も、通夜当日と告別式当日はなんとか参列できると言って、鞄を手に時間と時間を空間と空間を飛ぶように移動してやって来ました。妻も、仕事の関係で通夜にだけ参列しました。そして、初めて会う親戚に挨拶をして回っていました。

内孫でこの10月に結婚した姪は、管理薬剤師と言う仕事柄会社の携帯電話を持ったままでした。

旅立ちの日は、奇しくも一番幼い曾孫の一歳の誕生日でした。

母は、日を選んで旅立ったとしか思えませんでした。

意識不明で入院したと聞いて駆けつけると、弟達は一旦帰宅して誰もいませんでしたが、「お母さん!」と呼びかけると、開かない目を開けようとして声を出しました。たぶん私だと分かって、何か言いたかったのでしょう。

痰を出せずに、苦しそうでしたので吸引して貰い眠るように促しました。

その後、意識は戻らなかったようです。

最後に駆けつけた私を、待っていてくれたのだと思います。

完全燃焼した母の87年の生涯でした。

お母さん、ありがとう

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夜香木、今年三回目の開花です

今年は異常に暖かい所為か、真夏の花だと思っていた夜香木が三回も花を咲かせました。

Dscf2253_2_2 十一月の開花ともなると、やはり花数も少なく近くによって気づくくらいの香りです。

昼間、つぼみの膨らみ具合を待って夜撮影しました。

夜香木は、夜咲き朝に花びらを閉じます。

繰り返し、繰り返しして、三日目くらいには散って終わります。

Dscf2243_25_2 友達にも是非夜香木の木をあげたいと思い、十月に入り枝を切って水に差しておきました。

水に浸かっていた部分が、白く発根しています。

これを土に差して増やします。

去年、少し根付いたところで二人の方ににあげたのですが、育たなかったそうです。

マンションの植栽の管理をして下さってる方は、とっても喜んで持って帰って下さったのですが、育たなかったと逆にとってもガッカリされました。

ですから今度は、しっかりと育ててしっかり根付かせてからあげようと思います。

私自身は発根した一枝から、育ちすぎるほどに育ててしまいましたので簡単に増やせると思っていました。

この枝に、三年後には花が咲く事を想像して、できるだけ沢山の友達に上げようと思っています。

今咲いている花が、たぶん今年最後の開花でしょう。

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