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友を奪った骨髄性白血病 その1

幼稚園の先生をしていた友達は、腰痛や膝の痛みは職業病としか思っていなかった筈。

二年前の年賀状にー4月から7月まで入院してましたーと、近況が綴られていた。

一月末、生活の喧騒も一段落したところで電話を掛けてみた。

「長い入院だったみたいだけど、治ったんでしょ?声も元気そうだし。」そういうと、

(空元気よ。)と、答え

(入院してても治る見込みがないから、諦めたの。)と、言った。

「、、、前向きに考えて、、、」と、言うと

(そう言われるのが、一番辛い。)と声を詰まらせた。

「、、、癌、なの?」

(そう。)

「今は、癌でも治ってる人が多いわよ。私の周りにも何人もいるし。」

(治ることは無いの。)

翌日、直ぐに会いに行った。

病名:骨髄性白血病

脊髄には、点々と病巣が広がっているのだと言った。

医師は、<今なら、まだ間に合うんだよ!今なんだよ>そう言って、入院を奨めたそうだが、彼女は自分で決断し、諦めたという。

お金が、掛かり過ぎると言った。

十数年前に子宮ガンの手術をした後は、就職ができなかったそうで、保育所で市の臨時雇いの仕事をしていたのだという。

入院を奨めた医師は、どんな治療を施す積もりだったのだろう?彼女の生活状況も、把握していただろうか?

退院後半年あまりが過ぎて、年賀状という媒体でしかも消極的な表現でしか知らせて来なかった。

初めて向き合って話した日。

(今、やっと、病気の事が話せるようになったの。あなたを薪能に誘った事があったでしょ?あの時は、子宮ガンの手術をして退院したばかりだったの。)

随分前の話であった。

50年以上も友達でいたけど、お互いに逢いたくなった時に会い、夫々全く違った環境の中で生きていた。共通の友達もいなかった。それでもお互いが親友だと思い、お互いを認めていた。変わった形の友達だった。

(あなたに会って、ほっとしたわ。私の友達は個性が強いから、、、やっと、普通の人に会えた。)そう言って、寂しそうに笑った。

(病気の事も、姉や妹に話すと先に泣かれるから、、、本当は、私の方が泣きたいのに。)そう言って、言葉を詰まらせた。

誰にも話さずに、毎日泣き暮れているんだろうと思うと胸が詰まった。

それなのに、思いっきり泣かせてあげる事ができなかった。

一緒に泣いてあげるべきだったのに、、、、

入院中に見ていたというTVドラマ、冬のソナタには随分慰められたと言った。

ペヨンジュンさんのHPから、写真や記事をプリントアウトして持って行ってあげると、とても喜んでくれた。冬のソナタの完全版を録画してあげた時には、お礼にとマフラーを編んで送ってくれた。ミニヨン巻ができる長さにしたと書き添えてあった。水色濃淡で表裏を編み分けてあり、ふんわりと優しく仕上がっていた。

(まだ、2~3年は生きられると思うから、閉じこもっていないでどんどん出かけようと思いの)そう言って、友達と広島に出かける事や、習い事の書道も続けていることなど、楽しんで生きることを考えていた。

私達の作品展<染色展>には、一人で見に来てくれた。

後日作品を持って訪ねると、殊更喜んでくれた。

それが、一年前の友人の姿だった。

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